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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅠ)

天下分目

 慶長十八年(1613)年の九月半ば、伊達政宗の家臣、支倉常長以下百数十名は、イスパニア人の宣教師ソテロを案内役にして石巻を出港した。表向きは通商交渉を目的とする遣欧使節だが、イスパニアのフェリペ国王に軍事協力を要請することがソテロと支倉に託された密命である。
 遣欧使節出航の報せを聞き、池田長吉は驚喜し、ますます意気軒昂となった。さっそく重臣たちを集め、山上の丸で評定を開いた。

   「みたか、わしの言ったとおり、伊達の使節はイスパニアに向けて船を出したぞ。もう1~2年もすれば、イスパニアの無敵艦隊が日本列島を包囲する。この流れに乗らずして、なんとする。イスパニア艦隊の大砲が徳川幕府を壊滅させればな、日本はキリシタンの国に生まれ変わるのだぞ。そのためにも、天主閣の普請を進めねばならぬし、大坂方と密に連携をとらねばならぬ!」

 重臣たちは、なお慎重であった。代表して、長吉親子が「爺」と呼ぶ最長老の筆頭家老が発言した。

   「伊達の使節がイスパニアに向かったのは確かではございますがな、その船が途中遭難することもありえますし、かりにイスパニア国王に謁見できたとしても、国王が無敵艦隊を日本に派遣するとは限りませぬ。ここは、慎重にことの推移をみてから動くべきであり、すくなくとも天主閣の普請は控えるべきでございます。かりに大坂方に付くとしても、その動きを察知されるようではことはなしえませぬ」

 長吉は興奮していた。

   「爺も分かっておらぬ。わしのもとには、多くの密書が届いておるのだ」
   「伊達さまからは届いておるのでございますか?」
   「伊達政宗の署名した書はないが、伊達の息がかかった者からの密書は届いておる」
   「それでは、ますます危険にございます。伊達どのも状況を見極めようとされているのではありませぬか。ことを急いで荒立てても、気がつけば、梯子を外されて四面楚歌の苦況に陥ってしまいますぞ」
   「もうよい、ともかく、わしの言うことを聞いておれば、バラ色の未来が開けるのじゃ。おぬしらは、わしに付いてくればよい!」



 爺はさらに諫言を続ける。

   「殿は大坂城に入られるのでございますか。大坂城に入っても、総大将はおりませぬぞ。真田幸村や後藤又兵衛らの知将は揃っておりますが、いずれも総大将の器ではございませぬ。総大将がおらぬ城に入り、殿が総大将におなりになるのであれば光栄ではありますが、不躾ながら、殿が総大将になられることはありますまい。むしろ、真田や後藤から指示を受ける立場になるかもしれません」
   「・・・・どうすれば、よいというのじゃ?」
   「かりに大博打を打つとしても、あくまで江戸方として参陣されるべきでございましょう。江戸方として参陣されながら、様子をみて、大坂方に付くべきと判断されるおりには伊達一派と手を結んで大坂城に入り、そうでないならば、あくまで江戸方として振る舞い続けるべきではありませぬか」
   「それでは、まるで関ヶ原の小早川ではないか。わしの最後の大戦だからな、武将らしい戦にしたいのじゃ」
   「そうされたいお気持ちは分かりますが、負け戦になってしまえば、家臣一同禄を失いまする」

 爺は切腹を覚悟している。どうせ余命いくばくもない。たとえ切腹を命じられようとも、長吉の暴挙をとめることが最後のお務めだと心に決めていた。

   「殿、天下分目と言われる大戦が数々ございましたな」
   「あぁ、わしも爺も天王山や関ヶ原で戦ってきた」
   「その、天下分目の戦を思い起こしてくださいませ。天下分け目というのは、大嘘でございましょうが」
   「大嘘とは何事か!?」
   「総大将の側からみれば、勝敗はあらかじめ分かっておるのです。勝つ側の総大将はただ戦が始まればよい、と思って戦に臨みます。勝つことは分かっておるのですから。一方、負ける側の総大将は、勝敗は五分五分だと信じているが、じつは勝利に一縷の望みを託しておるのです。長篠も、天王山も、賤ヶ岳も、関ヶ原も、みな戦の前に勝敗は決しておったではございませんか」
   「・・・・」
   「ようお考えくださいませ。大御所が戦を始めるとすれば、大御所はその戦に勝てると踏んだからですぞ。勝つか負けるか分からぬ戦なら、大御所は駿府を動かれますまい。大御所が駿府を動かれた瞬間、大坂の陣の勝敗は決まったとお思いなされませ」
   「だから、それをイスパニアの海軍が砕いて蹴散らすのだ」
   「そのような妄想は捨てなされ。いま殿が抱いている野望は、晩年の太閤が犯した朝鮮征伐に匹敵するほどの過ちですぞ!」
   「・・・・」

 長吉は黙るしかなかったが、腹立ちまぎれに、その筆頭家老に隠居を命じた。



*『薬研堀慕情』 好評連載中!

    「薬研堀慕情(Ⅰ)」鮎の茶屋
    「薬研堀慕情(Ⅱ)」紫陽花の散る庭
    「薬研堀慕情(Ⅲ)」七夕の黒髪
    「薬研堀慕情(Ⅳ)」天の川へ
    「薬研堀慕情(Ⅴ)」分身の術
    「薬研堀慕情(Ⅵ)」別れの盃
    「薬研堀慕情(Ⅶ)」メイドのみやげ
    「薬研堀慕情(Ⅷ)」澳門漫遊
    「薬研堀慕情(Ⅸ)」曼徳倫の夕べ
    「薬研堀慕情(Ⅹ)」伎楼通い
    「薬研堀慕情(ⅩⅠ)」ビフォー・アイ・ワズ・ボーン
    「薬研堀慕情(ⅩⅡ)」古本漁り
    「薬研堀慕情(ⅩⅢ)」籠の鳥
    「薬研堀慕情(ⅩⅣ)」無敵艦隊の実態
    「薬研堀慕情(ⅩⅤ)」夜更けのノック
    「薬研堀慕情(ⅩⅥ)」赤影見参!
    「薬研堀慕情(ⅩⅦ)」冥土のミレット
    「薬研堀慕情(ⅩⅧ)」利蔵の死
    「薬研堀慕情(ⅩⅨ)」市中の山荘
    「薬研堀慕情(ⅩⅩ)」複数の経路
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅠ)」知恵くらべ
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅡ)」凱旋帰郷
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅢ)」膝枕
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅣ)」若桜の着兵衛
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅤ)」十字架の茶室
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅥ)」地球と天球
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅦ)」郭の天主閣
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅧ)」鮎のいない茶屋
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅨ)」田七人参
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩ)」天球院入城
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅠ)」天下分目
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅡ)」富士屋のかわら版







  1. 2008/05/08(木) 00:43:45|
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