FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅢ)

賞金首

 キリシタン鬼姫と天主閣を描くかわら版は、ただちに重臣を通して長吉の元に届けられた。重臣たちは、それみたことか、という顔をしている。
 長吉は即座に対応策を指示した。城下の辻という辻、それに橋の袂に高札を掲げて、以下のことを記すように申し述べた。

  一、かわら版の内容はまったくの出鱈目であり、鳥取藩を窮地に
    陥れようとする策謀にほかならない。
  一、天球院は熱心な臨済宗の信者でキリシタンとはなんの係わり
    もない。
  一、天球丸に天主閣を普請するなどという計画もまったくない。
  一、かわら版の作者について情報をもたらす者には褒美を与え、
    犯人を知らせた者には金十両を与える。

 かわら版は舌右衛門と富士屋の共作であり、それを売り歩いたのは伸太であるから、この3人の首に十両の賞金がついたことになる。賞金首になっただけの効果は十分にあった。長吉は、事実上、天主閣の造営を断念せざるをえなくなったからである。結果としてみれば、このかわら版事件は藩の家臣や領民に大歓迎されたと言える。
 長吉は警戒感を深めざるをえなかった。大坂方に付くという意向が表面化すると、また新しいかわら版が頒布される可能性がある。今回の記事は「嘘だ」ということで誤魔化せたとしても、謀反にかかわる新たなかわら版が出たとなれば、幕府もこれを見過ごすわけにはいかなくなるであろう。ことは慎重に運ばなければならない。

 かわら版事件は長吉に警戒感を抱かせ、諫言を続ける重臣団に有利に働いたが、長吉は野心を捨てきれずにいた。大坂方に付いて功をなし、姫路以上の城の主になりたい、という気持ちは揺らがない。かわら版事件の後始末に関わる評定でも、長吉はあいかわらず、

   「わしの言うとおりにすれば、バラ色の未来が待っておる」

という主張を繰り返した。なんの根拠もない構想に重臣たちは辟易するしかなかったが、それに従えば、お家断絶は必至であり、なんとしてでも長吉を改心させねばならなかった。
 

 議論は膠着状態に陥っている。すでに一年ちかく膠着状態が続いていた。長吉を隠居させ、嫡男の長幸を藩主に据えようと動く重臣もいたが、長幸はまだ藩主を嗣ごうとは思っていない。ただ、なんらかの調整が必要だという認識をもっており、評定の席で重い口を開いた。

   「3年あまり前、駿府の御命によりマカオにわたって、西洋の事情を調べた者が藩校におるはずです。たしか、下呂とかいう学者でした。あの者を評定に呼んで、マカオで得た情報を細かに聞き、判断を下してはいかがでございましょうか」

 嫡男の提案に長吉は厭な顔をしたが、重臣たちはこぞって長幸の進言を支持した。長吉は、これに条件をつけた。

   「しばらく時間がほしい。あの下呂という学者はなにやら怪しいところがあっての、その身辺を洗わせるゆえ、ふた月後の評定に呼ぶことにしよう」

 長幸と重臣たちは、藩主の意向に従った。

 そのころ舌右衛門は富士屋で祝杯をあげていた。スルメの一夜干しをアテに、一升瓶の酒を茶碗で飲むささやかな祝宴だが、かわら版の企てがあまりにうまく運んだものだから、3人の顔に笑みが耐えない。3人は高札の文面をすでに暗記しており、それを復唱しては大笑いしていた。
 ふと、伸太が話題を替えた。

   「鮎どのが薬研堀の茶屋に戻っておられますぞ」
   「そうか・・・」

 舌右衛門がとくに喜んだ表情をしないので、伸太は拍子抜けした。

   「会いに行かれませんのか?」
   「あっしには係りのねぇことでござんす」
   「・・・そうですな、奥様のことがございますゆえ」
   「澪の苦労を思うと、茶屋遊びなんぞできんわな。で、おまえはなんで茶屋に行ったのじゃ」
   「へへ、このかわら版があまりに売れましたもので、宵越しの銭はもたねぇ、さっそく茶屋で遊ぼうということになり、旦那さまとふたりで行ってきたのでございます」
   「そうか、それで銭を使いはたし、今宵はスルメしかないわけだ」

 富士屋の旦那は申し訳なさそうな顔をしている。

   「いや、申し訳ありません・・・」
   「なんのなんの、こういう酒がまた楽しいではござらぬか」
   「そう言っていただくと助かります」

 舌右衛門は伸太に問いなおす。

   「それで、鮎は相手をしてくれたのか」
   「・・・はっきり言って無視されました」
   「そうか、わしが行ったとて同じ扱いであろうな」   
   
 それから数日して、舌右衛門は田中という家老に呼び出された。ふた月後、山上の丸での評定に出席せよ、という命である



*『薬研堀慕情』 好評連載中!

    「薬研堀慕情(Ⅰ)」鮎の茶屋
    「薬研堀慕情(Ⅱ)」紫陽花の散る庭
    「薬研堀慕情(Ⅲ)」七夕の黒髪
    「薬研堀慕情(Ⅳ)」天の川へ
    「薬研堀慕情(Ⅴ)」分身の術
    「薬研堀慕情(Ⅵ)」別れの盃
    「薬研堀慕情(Ⅶ)」メイドのみやげ
    「薬研堀慕情(Ⅷ)」澳門漫遊
    「薬研堀慕情(Ⅸ)」曼徳倫の夕べ
    「薬研堀慕情(Ⅹ)」伎楼通い
    「薬研堀慕情(ⅩⅠ)」ビフォー・アイ・ワズ・ボーン
    「薬研堀慕情(ⅩⅡ)」古本漁り
    「薬研堀慕情(ⅩⅢ)」籠の鳥
    「薬研堀慕情(ⅩⅣ)」無敵艦隊の実態
    「薬研堀慕情(ⅩⅤ)」夜更けのノック
    「薬研堀慕情(ⅩⅥ)」赤影見参!
    「薬研堀慕情(ⅩⅦ)」冥土のミレット
    「薬研堀慕情(ⅩⅧ)」利蔵の死
    「薬研堀慕情(ⅩⅨ)」市中の山荘
    「薬研堀慕情(ⅩⅩ)」複数の経路
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅠ)」知恵くらべ
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅡ)」凱旋帰郷
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅢ)」膝枕
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅣ)」若桜の着兵衛
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅤ)」十字架の茶室
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅥ)」地球と天球
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅦ)」郭の天主閣
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅧ)」鮎のいない茶屋
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅨ)」田七人参
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩ)」天球院入城
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅠ)」天下分目
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅡ)」富士屋のかわら版
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅢ)」賞金首
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅣ)」伊賀者の末路



  1. 2008/05/10(土) 00:43:02|
  2. 小説|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅣ) | ホーム | 薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅡ)>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://asalab.blog11.fc2.com/tb.php/1398-06b1c491

asa

04 | 2020/05 | 06
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search