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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅧ)

告白

 いつもなら、人気者の鮎はいくつも席をまわって贔屓客の相手をするのだが、この日は客足が少ないこともあり、おそらく女将からも指示を受けているのであろう、舌右衛門の席を動かなかった。二人は4時間ばかり二人だけで話をした。話はいくらでもあった。舌右衛門はできるだけ鮎の話を聞いてやるように心がけた。
 閉店時間も近い子(ね)の刻、鮎は女将に呼ばれた。「ちょっとだけ別の席に行って、すぐに戻ってくるから」と言って鮎はいったん消え、代わりに、遥香という鮎の友だちが席についた。鮎の仲良し友だちではあるが、やはり鮎のように話ははずまない。そのころから舌右衛門はあることで悩み始めていたのだが、閉店時間も迫っていたので、ふっきれたように決断し、遥香に「お愛想を」と頼んだ。
 すると、鮎が飛んで駆け戻ってきた。

   「もう、帰るんですか?」
   「閉店時間だからね、そろそろって思ったんだけど・・・もう少しいようか」

 さきほどまでの悩みがまたぶり返してきた。鮎の顔をまともにみられない。鮎は「どうしたんですか、気分がわるいんですか、それとも眠いの?」と心配気に訊く。舌右衛門は口に出そうか、出すまいか、さんざん悩んでいたひと言を、だれにも聞こえないように小声で漏らした。

   「鮎どの、怒らんで聞いてくれ」
   「はい」
   「・・・そなた、甲賀のくのいち・・・であろうが?」
   「えぇ~っ、なにをおっしゃいますの!?」
   「まぁよい。これからわしは店を出て、寺町明慶寺の境内でそなたを待っておる。茶屋の片づけが終わったら境内まで来てくれぬか」

 鮎は困ったような顔をしていたが、まもなく、

   「・・・分かりました」

と答えた。

 舌右衛門は茶屋をでた。小雨は上がっている。薬研堀沿いに北上して寺町の明慶寺境内に入り、石畳の参道を本堂に向かった。かつて甲賀の忍びに分身の術で襲われた場所である。向拝で合掌一礼したあと、本堂の縁にどかりと腰をおろした。鮎が来てくれるのかどうか、わからない。少し冷えるが、それは辛抱して、ただ待つしかなかった。
 丑(うし)の刻を半刻ばかり過ぎたころ、柳腰で歩くおなごが境内に入ってきた。鮎だった。少しふてくされたような顔をしている。鮎も向拝で一礼し、本堂の縁に腰掛けた。

   「下呂さま、お呼び出しなさるなら、せめて小料理屋かどこか、もう少し暖かいところにしてくださいな。今宵は冷えます・・・」
   「いや、話が話なので、まわりに人がいては困るのだ」
   「やっと口説いてくださる気になったんですか」
   「いや、口説き落とせるような自信はない」
   「じゃぁ、やっぱりわたしが、甲賀のくのいち・・・ってお話ですか。そんな戯れ言は聞きたくありません」
   「伸太から、そなたが茶屋に帰ってきたと聞いたのだがな、茶屋に行く予定はまったくなかった。かりに茶屋で出会うことがあっても、この件は黙っていようと思っていたのだが、そういうわけにもいかなくなってきたのでな」
   「わたしは茶屋のおなごです。甲賀のくのいち、なんかじゃありません」
   「いや、そなたがマカオでわしを襲った赤影であるのは分かっておるのだ」
   「ちんぷんかんぷんです」
   「忍法みだれ髪はよう痺れた。でもな、あの幻術の弱点は、みだれ髪が敵方の体に巻き付いて残ってしまうことだな」
   「・・・・」


 鮎はただ呆れた顔で、舌右衛門の話を聞いている。

   「体に巻き付いた黒髪は不自然な艶光りをしていて、七夕の夜にそなたが染めた黒髪にそっくりだった。コインで髪の表面を軽く削ってみたのじゃ。すると、内側から金や茶の粉がわずかだがでてきた。そして、その下に本物の黒髪があった。茶髪に染めて巻き毛にしていた髪を黒く染め直した証拠ではないか。その黒い顔料に痺れ薬を染みこませてあるから、不自然な艶光りがするのだ。そうであろうが」
   「異国ではそういう髪の染め方をする風習がないのでございますか?」
   「・・・それは、よう知らん」
   「だったら、そのみだれ髪とやらが、わたしの髪だという証拠にはならないのではありませんか? それに、赤影っていう忍者は男でしょ、漫画で読みましたもの」
   「漫画では男だが、マカオの赤影は女だ。女であることを隠すために、赤いサングラスのような仮面をかけておったのだ。髷をといて長髪が風になびいたとき、落武者のような風貌だと思った。が、あとで考えなおすと、あの姿はあまりに妖艶だった。おんなの匂いとしか言いようがない。それに、・・・」
   「それに?」
   「なにより、あの赤影はわしを殺さなんだ。利蔵が斬り死にしたにも拘わらず、わしと伸太が生き残ったことが不思議でならなんだのだが、赤影がそなただとすれば、その謎も氷解する。まぁ、忍びとしては失格だな。殺すべき敵は殺さねばならん。情をはさんではならんのに、そなたは情をはさんだのだから、忍びとしてはあきらかに失格だ。しかし、それはそなたがまともな人間だということの裏返しでもある」
   「もうなんのことやらわかりませんよ。そもそも、なんで、わたしがマカオにまで行かなきゃいけないんですか。もういい加減にしてください。わたしは茶屋に戻ります。妹が待ってますんで」

 舌右衛門は縁からすくっと立ち上がり、鮎のほうを向いて、太刀の小柄に手をかけた。

   「逃げるのか、逃げるのなら容赦はせんぞ。利蔵の仇・・・」

と吐き捨て、太刀を上段から振り下ろした。


*『薬研堀慕情』 好評連載中!

    「薬研堀慕情(Ⅰ)」鮎の茶屋
    「薬研堀慕情(Ⅱ)」紫陽花の散る庭
    「薬研堀慕情(Ⅲ)」七夕の黒髪
    「薬研堀慕情(Ⅳ)」天の川へ
    「薬研堀慕情(Ⅴ)」分身の術
    「薬研堀慕情(Ⅵ)」別れの盃
    「薬研堀慕情(Ⅶ)」メイドのみやげ
    「薬研堀慕情(Ⅷ)」澳門漫遊
    「薬研堀慕情(Ⅸ)」曼徳倫の夕べ
    「薬研堀慕情(Ⅹ)」伎楼通い
    「薬研堀慕情(ⅩⅠ)」ビフォー・アイ・ワズ・ボーン
    「薬研堀慕情(ⅩⅡ)」古本漁り
    「薬研堀慕情(ⅩⅢ)」籠の鳥
    「薬研堀慕情(ⅩⅣ)」無敵艦隊の実態
    「薬研堀慕情(ⅩⅤ)」夜更けのノック
    「薬研堀慕情(ⅩⅥ)」赤影見参!
    「薬研堀慕情(ⅩⅦ)」冥土のミレット
    「薬研堀慕情(ⅩⅧ)」利蔵の死
    「薬研堀慕情(ⅩⅨ)」市中の山荘
    「薬研堀慕情(ⅩⅩ)」複数の経路
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅠ)」知恵くらべ
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅡ)」凱旋帰郷
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅢ)」膝枕
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅣ)」若桜の着兵衛
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅤ)」十字架の茶室
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅥ)」地球と天球
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅦ)」郭の天主閣
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅧ)」鮎のいない茶屋
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅨ)」田七人参
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩ)」天球院入城
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅠ)」天下分目
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅡ)」富士屋のかわら版
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅢ)」賞金首
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅣ)」伊賀者の末路
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅤ)」幕府の間諜
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅥ)」評定半日
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅦ)」再会
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅧ)」告白
    「薬研堀慕情(ⅩⅩⅩⅨ)」正体


  1. 2008/05/18(日) 00:03:47|
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