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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬師丸ひろ子の闘病生活

 昨夜、テレビで「ホームレス中学生」をみて、恥ずかしながら、目頭が熱くなってしまった。父母のいなくなった兄妹弟が貧しく、辛い生活を続けているのをみて湿っぽくなったのではない。子どもたちの大好きな母親が大腸ガンで入院し、闘病生活の末、亡くなってしまうシーンをみて、思い出してしまったのだ。
 2006年11月10日、奈良県立病院で昏睡状態に陥っている患者の姿に接し、わたしは頭が真っ白になってしまった。東京から駆けつけた長女は比較的しっかりしていたが、下の娘と息子は泣いていた。患者はなんとか体調を回復させ、いったん退院したものの、翌年2月に2度も再出血を繰り返し、再び春先まで長い入院生活を送った。2度めの出血を知ったときのわたしの動揺は尋常ではなかった。県立病院から車で鳥取の下宿(田園町)に戻った後、暗い部屋で何度も大声で喚いて頭を抱えた・・・「ホームレス中学生」の薬師丸ひろ子の闘病生活があのころの記憶を不意に蘇えらせたのである。
 その患者が退院後、2度めの誕生日を迎えた。いつものように、家族4人で東鮨に行った。長女は東京から母親に長電話をしてきた。じつは、つい1週間ばかり前まで患者は腰痛を訴えていた。脳内出血とは無関係なのだが、杖歩行の負担からなのか、一時はひどい痛みで立ち上がることもできず、外科医から安静を指示されていた。それもほぼ治ったようで、いま家事をしている。
 左脳の奥にある脳動静脈奇形は、放射能治療により順調に枯れているが、未だ完全に壊死していない。ただし、再出血の可能性はほとんどないだろう。

 誕生日おめでとう。この世にいてくれて、ほんとうに良かった。

 じつはじつは、息子が昨日、運転免許をとった。今日はその練習で、なんども車を運転した。東鮨との往復も息子が運転し、次女が助手席でアドバイスした。来春、次女は就職だが、これで次女がいなくても、息子が母の生活を支援できる。さっそく、月曜日に県立病院まで検診につれていってくれるそうだ。おかげで、わたしは朝まで仕事ができる。ありがたい。

 それにしても熱い一日だった。まだ梅雨はあけていないはずなのに、ずっと雨は降らないし、今日の最高気温は35°だって。奈良に比べれば、鳥取はずっと涼しいよ。



 
  1. 2008/07/14(月) 01:05:20|
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