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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

奥の細道(Ⅱ)

毛越寺01


平泉

 平泉は3度目。1度目は小学生のとき、両親に連れられて、夏休みの団体旅行。観光バスに酔って苦しんだにがい記憶が微かに残っている。2度めは「秋田県の近代化遺産調査」をしていたころだから、十数年前になるのか・・・
 まずは中尊寺を歩いた。なんていうか、うまく表現できないのだけれども、オリンピックで実力の出し切れないアスリートのような心境になった。「あれ、おかしいぞ、こんなもんだったのか、もっと実力があったはずなのに、どうしたことなんだ・・・」という不安な気持ちが芽生え、1時間ばかり境内を歩いたのだが、その感覚が元に戻ることがなかった。金色堂にも、以前はもっと感動したような記憶があるのだけれども、齢を重ね美意識が変わってしまったのか、触覚が動かない。こういう密教寺院の境内では、なにより超俗的な聖性を期待してしまうもので、三徳山はその期待によく応えてくれる。ところが、以前お伝えしたように、高野山では境内と門前町の世俗化に辟易した。中尊寺境内にも土産物屋やレストランが入り込み、コンクリートの建物も2棟建っていた。歴史的建造物が多いことは多いのだが、年代は江戸末以降のものが大半で、目玉と言うべき金色堂(平安末)にしても、古材はたしか東文研に保管されていたはずだ。あの輝く小堂がどれだけオーセンティックなものなのかも疑問に思わざるをえない。・・・・ユネスコの判断もやむを得ないか、というのが偽らざる心境であった。だから、写真は1枚も掲載しないでおく。

毛越寺04

毛越寺03復元図
 一方、毛通寺庭園(特別名勝)には唸ってしまった。これは凄い。十分世界遺産に値する遺跡庭園だと再認識した。調査当時の遺跡の迫力も素晴らしかったのだろうが、整備が上手い。ごく自然に洲浜をみせて水を溜め、築山の石も倒れたままにしている。なにより、復元建物が1棟もない。池の周囲には礎石がごろごろあって、その派手な復元図も看板に示されているが、実際に建物を復元するのは一切控えている。だから、庭に迫力があるのだね。正直なところ、自分がてがけた平城宮東院庭園よりも毛通寺庭園の整備のほうが優れていると思った。これは調査に携わった考古学者や建築史学者がきわめて健全な思想の持ち主であったことを雄弁に物語っている。
 毛通寺に隣接して旧観自在王院庭園(特別史跡)もある。これももちろん良い遺跡で、整備の手法も毛通寺庭園と共通しているのだが、不思議なことに、毛通寺庭園ほどの迫力を感じ取れなかった。この遺跡は世界遺産に値するのか、と問われれば、答えはグレーだ。○とも×とも言い難い。このほか柳御所跡やら無量光院跡やらあるわけだが、まだきちんとした整備ができているわけではない。3年後に再挑戦というのは早すぎるのではないか。そんな短い期間で、平泉の何が変わるというのだろうか。
 わたしたちは、すでにシーギリア・ロックも、アンコールも、ハロン湾も、オークニーも知っている。

毛越寺05




  1. 2008/08/21(木) 04:17:50|
  2. 史跡|
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