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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

公聴会前夜

 大学の教師とは自由気儘な稼業だと羨望の眼差しでみられている方も少なくないでしょうから、いかに苛酷な労働を強いられているのか、お話ししましょう。
 12日の夕方、ようやくJTBでの手続きを終え、大学に戻りました。この日は2回目の卒業研究&修士研究のプレゼン練習を午後6時スタートと決めていたのに、間に合ったのはエアポート一人だけ。これは30分で片づいた。ピヴォは前日の出来の良さからして、苦もなく完成させていると期待していたのだが、昼間に公聴会場設営の準備があったらしく、まだ作業を残していた。すでに何度もプレゼン練習したはずの院生は「出来ていません」としか言わない。「なぜ?」と問うても、いつものとおり、じくじくうだうだぶつぶつ・・・一方、女子2名は午前に大学院入試があったので執行猶予とした。
 気持ちを切り替えた。後期の成績入力〆切が近づいているので、レポートの採点を急ぎ、その作業を終えたのが8時過ぎ。お腹がすいたので、夕飯でも食べに行くか、と部屋をでた瞬間、院生があらわれ、「プレゼン、みてください」と言う。「あぁ、分かったよ」と答えたのが運の尽きでした。なんでこないに出来が悪いのか・・・指導は2時間に及び、時計の針は10時をまわった。
 みなさん、分かるでしょ。腹がへると、腹が立つのです。院生は捨て置き、ピヴォの車で夕食に出掛けた。初めは牛丼ぐらいと思ってたんですが、2時間の指導でへたりきり、ストレスが溜まってたので、「よっしゃ、焼肉!」ってことになり、ピヴォと二人で肉とホルモンとキムチを食いまくりました。好物のマッコリも2合ばかり飲んで、ようやく体力回復。ストレスも解消して大学に戻り、ピヴォのプレゼンに合格点を出した。そして、籐のベッドに横たわり、ヘッドフォンから流れてくるジョアンナ・ウォンに癒されながら、魔法のヴェストを頭に被るとたちまち眠りに落ちた。これが深夜12時。日付変更。目覚めたら13日の3時で、部長はすでにパワポを完成し、わたしの起床を待っていた。

  「起こそうとも思ったんですけど、よく眠ってらっしゃったんで起こさなかったんですよ」

 あったりまえだぜ。あそこで叩き起こされたら暴れてますよ。で、部長の指導に1時間費やした。相変わらず、パワポ画面に文字が多く、その棒読みばかりだから、

  「つまらない。ピヴォのプレゼンのほうがずっと良かった」

と酷評してお終い。残るはキム姉だけ。ここで午前4時だから1時間指導すれば5時には帰宅できる。しかし、いつまでたっても「お願いします」という依頼がこない。業を煮やしたわたしは、午前6時になって、

  「世の中には限度てぇものがござんしてね。わたしゃ、もう帰ります」

と最後通告。結果、未完成パワポをチェックすることになり、これまた指導に1時間以上要して、早朝7時20分、ようやく帰途についたのです。



 ご存じのように、家の前には「」がある。そろそろ、お腹も減ってきた。いつもの400円モーニングを食べようと決めたのが運の尽き。モーニングがテーブルに並ぶまでの暇つぶしに100コインをコトンと落とし、玄人の戦いを始めてしまったのです。通常ありえないのですが、初戦でいきなり三翻でアガッてしまい、その後も連戦連勝。こんな経験は初めてでして、ポイントが75まで溜まってしまった。レートを「1」とすれば、75回ゲームができるんですよ。これは大変なことになったとマスターを呼びました。

  「このゲーム機、壊れとる。この前からおかしいだけ・・・コンピュータが
   いかれてしまったんだ・・・」

とのたまうのでした。そりゃ申し訳ないと、レートをMAXの「10」まであげ、7~8回ゲームして帰ろうと決断した。実際、35ポイントあたりまで貯金は減ったのだが、恐ろしいことに、また勝ち始めた。こうなると、始末に終えない。レートは「10」だから、5ポイントが50ポイントに跳ね上がってしまうのだ。その後も勝ち続け、わたしのポイントはじつに334まで上昇してしまった。そのあいだ、もちろん「ゴール」にはなんども達して、めくるめくはらほろひれはれ・・・・。ともかく、もうやめないと大変なことになる。324ポイントを残して、わたしは店を後にした。100円しか使っていないのですよ。レート「1」なら324回、レート「10」でも32回勝負ができたのに・・・
 ここで8時半。もちろん、眠ろうと努力した。しかし、神経が高ぶっていて眠りに落ちない。9時半にシャワーを浴び、再び大学へ。すでに公聴会は始まっていて、もちろん何度もコメントしたり、司会したり・・・昼休みは20分ばかりしかなく、まともに昼ご飯も食べられないまま公聴会は続き、夕方5時半、ようやくお開きになった。公聴会の間にユンケルを2本飲んだ。

 これで終わらないのです。訳あって、院生の車に乗って奈良に向かうことに。わたしはずっと車中で爆睡し、中国縦貫道名塩パークでようやく目をさました。その後、近畿自動車道摂津南インターで高速を降りて、地下鉄谷町線の大日駅で院生は下車。わたしは院生の車を運転して奈良に戻った。午後10時半を過ぎていた。 

  1. 2009/02/14(土) 02:55:09|
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