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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

ヒマラヤ山麓を往く -ネパール紀行(Ⅷ)

03サランコット01靄02マナスル01みえない01


サランコットの丘

01サランコット01全景01縦01 13日も朝からトレッキング。もちろんただのトレッキングではなく、ヒマラヤを遙拝できる展望台をめざすものなのだが、ごらんのとおり、この日からポカラ周辺の靄がひどくなった。不思議な靄だ。晴れているのに、視界が狭い。湿った靄ではなく、黄砂のように乾いた靄。翌日、フライトに重大な影響を与える気候現象であることを知った。
 サランコットの道は険しかった。ルムレは等高線と平行に石畳の道が通り、道と集落もまた平行関係にあったが、サランコットの道は等高線と直交し集落を貫く。サランコットの展望台からはマナスルが見えるはずだった。しかし、マナスルをはじめとするヒマラヤの連邦を靄のスクリーンが遮蔽してしまった。
 サランコットの道沿いには土産物屋が軒を連ねていた。観光客ずれした人たちと接しても、若いころの自分に戻れない。ルムレとは少なからず趣きがちがった。ヒマラヤはみえないし、民家集落もいまひとつ。いつしか植生に目を凝らしていた。

 「民族建築」に没頭していた1980~90年代前半、日本人の高名な地理学者や植物学者が「照葉樹林文化論」を提唱し一世を風靡していた。西日本の原生林ともいうべき照葉樹林帯は、植生分布図をみる限り、長江流域以南から雲南・アッサム方面にまでひろがりをもっている。ここに共通の文化圏がある、という発想で、中尾佐助が最初にこの仮説を唱えたのは1960年代の終盤だったはずである。その後、佐々木高明が中尾の理論を実証的に裏付けようと、論著を連発する。かれらの仮説は単純きわまりない。稲作も稲作以前の雑穀栽培も、みな雲南・アッサム地域の「東亜半月弧」に起源すると言いたいのである。

10植生02原生林01ズーム01

 1982年の夏から中国に留学し、いま帝国大学の大教授になってしまった博士課程の考古青年と何度か旅をした。かれはよく口にしたものだ。

   「照葉樹林文化なんてことは言えない。考古学の物証とまったく一致しない」

 後にかれの指導教官になる北京大学考古系の厳文明教授は、その前年に中国全土で出土した新石器時代の栽培イネの痕跡を丁寧にひろい集め、東アジアにおける栽培イネは長江中下流域に起源し、それが雲南方面に向かって漣(さざなみ)のように拡散していくプロセスをあきらかにしていた。照葉樹林文化論の全盛期に、中国の考古学者は照葉樹林文化論を根底から揺るがす大論文を発表していたのである。
 おもしろかったのは、中尾・佐々木の兄貴分にあたる今西錦司が、晩年に「混合樹林考」という論文を著して照葉樹林文化論を痛烈に批判したこと。たしか80年代の終わりごろだったと思う。西日本にも、江南にも、雲南にも、アッサムにも「照葉樹林帯」などという植生域は存在しない。あるのは「混合樹林」だと今西は説いた。その舌鋒は鋭く、「照葉樹林帯が存在しないのだから、照葉樹林文化などというものは架空の産物」だと結論づけた。痛快だった!

10植生02原生林02近景01



10植生01シダ01

 わたしも90年代になって、ささやかながら、照葉樹林文化論に対するアンチテーゼとして「雲南に流れ込んだ北方文化」という論文を公表した。雲南における多彩な住居建築のルーツを考古・歴史資料にさぐり、雲南は文化の起源地ではなく、周辺からのさまざま文化要素が交錯する「民族の十字路」であったことを示したのである。

05サランコット02集落と段畑02藁積01 雲南省にはなんど足を運んだのか分からない。しかし、本当に照葉樹林帯などと呼びうる植生にお目にかかったことはない。たとえば、大理の周辺を例にとると、地肌を露出させた禿げ山が多く、落葉広葉樹も針葉樹も照葉樹もごっちゃになっている。これをみて、植生分布図における分布とは理論上の産物にすぎないのだと実感した。
 今回訪れたネパールの山岳地帯は、照葉樹林文化論における雲南とアッサムにはさまれた「東亜半月弧」の一部のはずだが、やはり照葉樹林帯と呼べるような原生林を確認できない。あるのは「混合樹林」だ。雲南とネパールと西日本に共通の文化があるとすれば、それはなんだろうか。かりにあったとしても、それが照葉樹林帯という植生を背景にしたものでは絶対にないと思う。
 以上がサランコットの山道で考えていた事柄である。(続)

05サランコット02集落と段畑01



  1. 2009/03/19(木) 13:19:36|
  2. 文化史・民族学|
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