FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

遠くはなれて

 オリジナル、オリジナル・・・と六弦倶楽部の代表が会員に呼びかけはじめたのは、昨年の今ごろだっただろうか。会員は年末までにひとり1曲ずつオリジナル作品を作ってほしいという依頼で、結局、これに応えたのは代表自身とmakotoさんの二人だけだった。
 オリジナルか・・・、じつは、ここだけの秘密にしておいてほしいのですが、わたしも高校~大学のころソングライターだったのね。大学の前半期にクンベーという愛称の同級生と二人でテープに多重録音し、ジャケットまで作った。そのテープをまたダビングし、親しい友人たちに配っていたのだが、当の本人はすでにそのテープをなくしてしまっている。ワイフはみた記憶があるという。ほんの少し前まで、そのテープが奈良の家のどこかにあったというのだが、例の大病以来、頭がぼけてしまって、どこにあるのか分からないまま・・・
 あの多重録音にはたしかオープンリールのテープレコーダーを使ったはずだ。あの大きな録音機は母の家に預け置いた記憶があるので、兄嫁に電話で訊いてみたのだが、やはり「分からない」とのこと。
 最期の手段にでた。先週、わたしは思い切ってクンベーに電話し、テープの存否を訊ねてみたのだ。答えは、

    「あるよ!」

 その後、メールで連絡が入り、以下のようなメッセージが記してあった。

   「今、カセットテープを引っ張り出して聞きながらこのメールを打ってます。たぶん、
   30年ぶり位にテープを回していると思う。特に、テープのたるみ等の劣化している
   様子はみられない。もちろん、当時の録音技術だからクリアーな音とは言えないが、
   音づくりに関してはとてもしっかりしているぞ。参考までにタイトルを書いておきます。」

 その曲目名はなんと英語で書いてあるではないか。

 A面  1.THE VISION OF YOU
     2.YAKITORI YA BOJOH
     3. All OVER BLUES
     4. IN THOSE TIMES / MY LONLINEST DAYS

 B面 5.SAWADA CAME BACK TO KAMBA
     6.I WANNA DREAM
     7.TOO TIRED TO LOVE YOU
     8.FARTHER ALOOF                【1976.7.24録音】


 それから毎日、2曲ずつ mp3 に変換された音源が送信されてきた。いや、懐かしい・・・懐かしいけど、猛烈に恥ずかしい・・・歌詞は青いし、歌は下手だし・・・聴いてられたもんじゃないんだけど、たしかに演奏は割合しっかりしている。たぶん、1回めの録音でわたしが弾き語りし、クンベーがベースを弾く。2回めにわたしがリードギターを重ね、二人でコーラスをつける、というような制作プロセスだったのだろう。
 不思議なのは、リードギターにエレキを使っていることで、1976年といえば大学2年生だから、まだチャキのフルアコをもっていなかったはずなんだが(まだジャズに染まっていなかった)・・・一方、12弦ギターをコードストロークに使っていて、これはハジーという愛称の同級生から借りたものだ。12弦ギターとエレキギターの絡みあいがなかなか良い感じです。

 メロディーとアレンジは、もうジャクソン・ブラウンそのものでして、学生時代にも面とむかって友人に「パクリだ」とまで言われた記憶があるけれども、本人がそのつもりで作ったんだから、まぁ仕方ありません。たとえば、1は「Fountain of Sorrow」、4はタイトルが「These Days」でメロディは「Farther on」をあきらかに意識している。リードギターもジャクソン・ブラウンをバックアップしていたデビッド・リンドレーの影響が強くでてまして、繰り返すけれども、これは悪くないんだな・・・歌を潰すことなく抑制がきいている・・・ただ、歌唱力がねぇ・・・駄目ですねぇ。

 いま人前で、なんとかかんとか演れそうなのは、4の「あのころ」と8の「遠くはなれて」だけでしょうね。4はDキーですが、出だしからサビでGスタート。「いつも風が吹いていた、淋しい夜の橋に立ち、大きな夢を頭に浮かべ、ぼくは空をみあげる・・・」という歌詞は、夜になると、一人でよく千代川にかかる橋の上に行って川風に吹かれ、物思いに耽っていた「あのころ」(高校時代)の自分を描写したものです。8はGキーで、ベースのクリシェ(全音または半音をダウンし続ける)を使った曲。大学受験のとき、1期校も2期校も「吉田」という地名の場所にあったことに因み、「夕暮れせまる吉田の通りは・・・」というフレーズで始まります。高校3年のとき、片想いしていた同級生がいたのだけれども、受験勉強にあけくれて、なんにもできなかった自分を責める歌。その女性は東京のKO大学に入学し、壇ふみさんと同じ学部の2級下だったのに、壇さんがずっと留年するから、いつのまにか彼女のほうが壇さんの先輩になっちゃったって、録音の2年後ぐらいに聞きました。ちょうど、そのころ竹内まりやもKOにいたんだ・・・

 歌詞はもちろん青臭いです。曲も、使っているコードが少なすぎて、おもしろくないな・・・まぁ、ジャクソン・ブラウンの真似なんだから、こうなるのも仕方ないんだけれども、なんとかジェイムズ・テイラー風に改造できないものか、と考え始めているところです。J.T.の「セプテンバー・グラス」とか「マイ・トラヴェリング・スター」のような曲に生まれ変わらないかなぁ・・・そうなれば六弦倶楽部で大手を振って演れるんですがね・・・

 そうそう、あとで気づいたのですが、この1年後にわたしはもう1本のオリジナル・テープを作っている。そのテープにはインストルメンタルも含まれています。クンベーはもっていない、という。たぶんオープンリールのでっかいテープに音源があるはずなんだけど、捨てられてしまったのだろうか。とても気になっています。


  1. 2009/05/29(金) 00:59:52|
  2. 音楽|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<チームASALAB デスマッチ(Ⅰ) | ホーム | 2009「盃彩亭」修復>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://asalab.blog11.fc2.com/tb.php/1804-46478f06

asa

04 | 2020/05 | 06
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search