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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

盛況御礼!

00シンポ・タイトル

 ここ1年ばかり、すっかりビアンキに乗らなくなった。いろいろ理由はあるのだけれども、いちばんの原因は「引っ越し」である。田園町の宿舎には裏側にベランダがあって、洗濯物が干せたし、自転車の雨除けにもなった。ところが1年半前に引っ越した寺町の宿舎にベランダらしきものはない。やはり、日本住宅には「縁」とか「庇」などの、屋内と屋外の中間ともいうべき曖昧なゾーンが必要ですね。寺町の下宿に「軒先」があることはあるのだけれども、和風住宅の伝統を受け継いでいるとは思えない軒の短さで、自転車置き場としてはあまりにも頼りない。仕方ないから、自転車を2枚の竪簀で覆って雨露を凌いでいた。しかし、山陰の風雪は厳しい。気がつけば、竪簀は朽ち果てぼろぼろになっており、事実上、わたしのビアンキは雨晒しの状態になってしまった。当然、各所に不具合が生じ、とても乗れる状態ではなくなってしまったのである。
 廃棄処分すら頭の引き出しにいれながら、「ピオ」までビアンキをもっていった。自転車を分解して奈良に送り、代わりに解体・組立自在の小型電動自転車を購入し、寺町の狭い玄関に収納する方法を提案したのだが、電動自転車は高いですね。中国製の安物が通販等にでまわっているけれども、ピオという店は自転車の選別にプライドをもっていて、信頼できない品物は置かないという方針を貫いている。ビアンキを分解して奈良に搬送するのもなかなか大変らしい。さぁ、困った・・・考えに考えたあげく、駄目もとでお寺さんに頼んでみることにした。駐車場を借りているお寺さんの駐輪場にビアンキを置かしてもらおうというアイデアである。ありがたいことに、お寺さんは快諾してくださった。もちろん、ビアンキはピオでオーバーホールした。これで、なにもかも問題はクリアされ、翌日からわたしのビアンキ通学が復活したのである。
 やはり気持ちいい。ビアンキを漕いで風を切る快感を多くの人たちと共有したいと思う。ただ、わたしは毎日、自転車で通学しているわけではない。天候がよく、時間に余裕があるときでなければ自転車に乗れない。加藤家住宅で修復活動がある日は駄目、奈良に帰る日も駄目だ。結局、先週は月、火、土の3日、自転車で通学した。

01交流会01全景01前から


 先週の土曜日(13日)、午後2時から「第7回鳥取県内建築系教育関係者交流会」が環境大学で開催された。わたしは昼過ぎに寺町を出発した。ビアンキは快走。途中、トスクでお弁当を買い、サイドバッグに詰めて、学園路の急斜路をかけあがっていった。研究室に着くと、ベストの下の服は汗まみれ。でも、ロッカーに着替えをちゃんと用意している。研究科長就任以来、ロッカーにはジャケット2着ほかシャツや靴下などを揃えておくようになった。この日もさっそく着替えて、黒いジャケットを羽織り、「クールビズ」程度の半フォーマルな格好に変装した。
 交流会は盛況だった。ミニシンポジウム「建築士法改正と建築教育カリキュラム」の出席者が26名、懇親会の出席者が23名で、さらに環境大学建築・環境デザイン学科の学生・院生10名が参加した(懇親会も)。会場はいつも教授会が開かれる本館3階の大会議室。写真にご覧いただくように、円卓会議となった。主催のとっとり建築集団の代表、環境大学建築・環境デザイン学科長が挨拶・趣旨説明したあと、鳥取工業高校(鳥工)、鳥取短期大学(鳥短)、米子工業高等専門学校(米子高専)、鳥取環境大学(環境大)の順で、おもにカリキュラム編成について20分ずつスピーチした。環大のスピーカーはわたしである。本来なら学科長がその役を果たされるべきであろうが、今年で6年も教務委員をやっている関係上、わたしがカリキュラム編成の説明役に抜擢された。
 鳥工では少子化の進行とともに進学率が高くなってきているが、建築関係の学科に進学する生徒が非常に減ってきていることが紹介された。鳥短の住居デザイン専攻は卒業と同時に2級建築士の受験資格を得ることができ、それは日本全国の短大ではきわめて珍しいことが紹介された。米子高専は建築教育としてはきわめてオーソドックス。一時デザイン指向を強めようとしたところ、国の指導で全国の高専の教育が規格化されたという。そのおかげというわけでもないだろうが、今回の建築士法改正にほとんど影響を受けていない。鳥短と高専が本科を卒業する20歳の段階で2級建築士の受験資格をえることは、4年生大学である環境大にとって一種の脅威とも言えるだろう。

04交流会02プレゼン02ワイド



04交流会02プレゼン01

 しかし、大学は大学だ。大学であるからには、専門科目以外の基礎教養科目(環境大では「人間形成科目」と呼ぶ)を充実させなければならない。その上で専門科目のカリキュラムを編成する必要がある。しかし、「環境」「文化」「地域」などをキーワードに据えてきた環境大の専門科目は国交省から厳しい査定を受けた。4校のなかで最もカリキュラムの改編を要求されたのが本学であるのは間違いない。会場からは「国交省のやろうとしていることは時代の流れに逆行している」「国交省に対して強く抗議すべきだ」などのありがたいコメントが寄せられた。
 以下、わたしの発言を抜粋しておきます。

  -国交省の要求に対して、学部のカリキュラム改編については教務委員として対応しましたが、大学院については受け入れられませんでした。修士課程在籍の2年間を実務2年として認めてほしいなら、3~4ヶ月におよぶインターンシップを2回やれ、というのです。こんなことをしたら、大学院の授業で教えたいことを教えることができなくなりますし、研究室活動もできなくなります。国交省の要求は、要するに大学・大学院のカリキュラム破壊であり、これに嫌悪感を示す大学教員は少なくありません。

  -わたしたちの学科は工学部建築学科ではありません。環境大学の建築・環境デザイン学科としての軸をぶれさせてはいけない。国交省の言いなりになるだけだと、本学の特色が失われてしまいます。だから、「環境」「文化」「地域」などのキーワードを外して、技術としての建築だけにカリキュラムの方向をむけるわけにはいかない。あくまで、総合的に建築や生活空間をとらえようとする努力を続けなければいけません。

  -本学でも、一部の教員や学生は「資格」至上主義に陥っていますが、わたしの考え方は違う。わたしのたちの目的は「良い建築」「良い環境」をつくることです。資格はその目的を成就するためのプロセスであり、手段であって、その手段を目的化してはいけない。

  -「地域密着」型の教育と研究はもちろん重要です。そういうスタンスでわたしもずっと研究してきました。しかし、それだけではいけない。わたしたちは国際的な視野をもたなければいけない。たとえば、今、わたしは円仁という僧に興味を抱いています。最澄の弟子筋にあたる円仁は、最後の遣唐使として中国にわたり、五台山で十年近く修行しました。五台山の近くには三仏寺投入堂とよく似た懸空寺という仏寺もあります。円仁は帰国後、日本全国各地の山で天台系の密教寺院を開創もしくは再興して行きます。三徳山もそのひとつです。円仁が比叡山を離れてから中国で修行し、日本に何をもたらしたのか。その足跡を山陰を中心に追っていきたいと考えているのです。こういう作業を継続して、三徳山や大山寺の世界史的意義を見極めない限り、県内に「世界遺産」などというものが誕生するはずはないでしょう。

  -ここでわたしが声を荒げても国交省に届くわけはありませんが、結局、わたしたちの実感は、国交省は姉葉事件の尻ぬぐいを大学にさせようとしている、というものです。そう思っている大学教員は多いはずです。

06学生たち


 懇親会も盛況でした。こういう賑やかで、気分のよい懇親会はなかなかありませんね。学科長によりますと、「近年、稀に見る楽しい会合でした」とか、「充実した会話で心が弾みました」とか、「次回が楽しみです」などと、好評のお言葉を数多くいただいたそうです。そういう賛辞のお言葉を頂戴したとすれば、主催者側の一人として、とても嬉しく思います。ほんとうにありがとうございました。
 末筆ながら、参加されたすべての皆様に深く感謝申し上げます。

 05懇親会




  1. 2009/06/18(木) 00:18:39|
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