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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

伯耆巡礼(Ⅲ)

01神話眺望02人物


弥山からみた神話の世界 -大山登山

 24日(月)は朝から大山登山に出発!・・・と意気込んでいましたが、米子では晴れているのに、遠望する大山は雲を巻いており、山麓から雨が降り出す始末。一度下ってコンビニで雨具を調達し、登山口に戻ったら雨はやんでいました。結局、予定より約一時間遅れの10時10分から登山を開始しました。登山口から頂上まで約2.8キロの夏山登山です。
 いうまでもなく、大山は中国地方の最高峰(1,729m)です。約100万年前に火山活動が始まり、何度かの火山活動と休止を繰り返し、活動末期に今回登頂する弥山(1,710m)のほか、三鈷峰・烏ヶ山が作られました。そして、約1万数千年前の噴火を最後に火山活動が停止し、火山の一生を終えたと考えられています。もろく崩れやすい石英安山岩で構成されており、表土が薄く非常に浸食を受けやすい地質であるため、今も山の崩落が続いており、登山道も何度か整備されなおしたり、現在は通行禁止になっている道もあります。今回登った夏山登山道も整備された登山道です。

DSC03668s.jpg 夏山登山道は5合目あたりまでは比較的緩い勾配で登っていきます。しかし、この緩やかな勾配が曲者で、歩いても歩いてもなかなか標高があがっていきません。そこで、1合目を過ぎたあたりで、体力のある学生4名は先に登って、教授は得意の「スロージョギング」ならぬ「スロートレッキング」でマイペースを保つことになりました。緩い勾配とは言っても、時々思い出したかのように膝の高さくらいの段差があり、意外と大変でした。
 登山口から5~6合目あたりまではブナ林に囲まれています。大山のブナ林は西日本最大で、白い樹肌で直立する日本海側ブナ林と、枝を左右に広げ盆栽のような形の太平洋側ブナ林の両方の特徴を持っています。
 5合目を過ぎるとだんだんブナ林が少なくなり、身長より少し高いくらいの樹木が多い灌木帯に変わりました。足元も土が減り、岩石が露出するようになり、雰囲気が急に変わってきます。6合目に到達すると一気に視界が開けて、冷ややかな空気に包まれ、トレッキングの苦しみを和らげてくれます。北は弓ヶ浜や日本海がひろがり、南は大山の北壁がそびえています。北壁は白い岩肌が多く見え、大山の地質のもろさを実感できました。このあたりから勾配もぐっと急になり、足元の石が不安定なので気を引き締めなければならず、まるで「修行」をしているように感じました。少し登ったところから下を見ると、高い木に覆われていないため他の登山者の様子がよく見えます。少し気を抜いたら足元が滑って、転げ落ちてしまうのではないかという恐怖にも襲われました。8合目あたりでは尾根を伝って歩くため、谷すじからの風が強烈に吹きつけ、本当に気を抜けないほどの強さ。

02山頂背面01

 ところが、一転。北壁側から南壁側に移動すると、風は穏やかで一面高原のようなのどかな風景がひろがります。周りを見渡すと雲が自分たちより低いところに浮かんでいて、雲上の世界はまるで極楽のよう。植生を回遊する木道を歩き進み、ついに頂上に到達!
 およそ2時間20分で頂上にたどり着きました。朝の雨が嘘のような快晴で、心地よい日差しとひんやりとした風と頂上からのすばらしい眺めが、それまでの疲れを癒してくれました。
 頂上の石碑の向こうには、縦走禁止で入れない弥山や剣ヶ峰が見え、少しはなれたところに烏ヶ山があります。振り返って海側を見ると、弓ヶ浜や島根半島が一望できます。、まるで神話の世界が広がっているよう。大山を杭、弓ヶ浜半島を綱にして島根半島を引き寄せ国引きしたという『出雲国風土記』の神話そのものの絵巻物のようでした。その眺めを堪能しつつ、おにぎりで小腹を満たしていると、遅れて教授が到着。話を聞くと、途中すれ違ったおじいさんに「靴底に鉛がついとるの?」と言われてしまったそうですが、無事登頂できて何よりです。

IMG_6141s.jpg



DSC03821s.jpg

 気持ちのいい頂上で休んでいたい気持ちでいっぱいでしたが、予定が詰まっているので頂上を後にし、ダイセンキャラボクの純林へとつづく木道を下りていきました。ダイセンキャラボクはイチイが低木化した変種で、「鳥取県の木」「大山町の木」に選定され、8合目から上の8ヘクタールは国の特別天然記念物にもなっています。大山のキャラボクは日本の南西限の分布地で、日本最大の群落でもあります。そのダイセンキャラボクは木道の上にも枝を伸ばし、足元が見えないくらいでした。周囲には薄黄緑色の草原が広がっていますが、ダイセンキャラボクの群落は濃緑色ではっきりとその違いが分かります。また、雄と雌が分かれていて、雌の木には赤い実が付いていました。

DSC03831s.jpg

 その先を行くと、石室が姿をあらわします。これは夏山登山道が大正9年に整備された翌年に、避難小屋として作られたものです。その石室に向かって左後方には地蔵ヶ池、梵字ヶ池があります。残念ながら梵字ヶ池は涸れてしまっていましたが、地蔵ヶ池には水があり、おたまじゃくしがたくさんいました。この池の水は「弥山禅定」という仏教儀式に使われました。「弥山禅定」とは年に一回選ばれた役僧がこの池まで登り、経筒に写経を納め、ヒトツバヨモギ、キャラボクの枝を取り、閼伽桶(仏に供える水を入れる桶)に池の水を汲んで下山するという儀式でした。水は仏像に供えられ、ヨモギは薬草として信者に配られたそうです。大山は古くから山岳信仰の聖地で、「弥山禅定」のとき以外は誰も登頂できませんでした。
 なお、近くにいた登山者に教えていただいたのですが、地蔵ヶ池にはかつて蜆(しじみ)がいたそうで、下山後に立ち寄った大山自然歴史館にも「かつてしじみがいた池に水をよみがえらせよう」というポスターが貼ってありました。昔はどれほどの水をたたえた池だったのか気になるところです。
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左:地蔵ヶ池  右:梵字ヶ池(跡)

 池を見学した後、本格的に下山を開始し、学生4名は自然博物館を訪問するため夏山登山道をひたすら駆け下り、約1時間30分程で下山しました。教授は5合目と6合目の間にある「行者谷別れ」から一人行者谷コースを下って、大神山神社の方へと下山しました。登るのも一苦労でしたが、降りるのも段差がきつく、すでに膝が笑っていたので一苦労でした。下山した頃にはへとへとでしたが、いい修行になったと思います。(部長)

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  1. 2009/08/31(月) 13:18:03|
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