
20日(金)の午後、奈良に戻って夕刊を開くと4ページに「纒向遺跡のなぞに迫る」という記事が掲載されていました。「歴ナビ 旅する日本史」というシリーズで、紙面1ページのほぼ半分を割く大きな特集です。そのまた半分以上をわたしたちの復元CGが占めている。
あぁ、良かった。とりあえず、ほっとしましたね。
2日から始まって10日夜に決着をみた
超大型建物(建物D)の復元もきつかったけれど、今回は残りの建物3棟(建物A・B・C)に塀・門を含めた敷地全体の復元CGですからね。12日から始まって18日深夜までの短期間で取り組んだ、この第2クールはさらにきつかった。第1クールはエアポート、部長、きっかわ、タクオの4名でほぼ足りたのですが、第2クールは研究室全員に出動を命じました。4年生にも、いったん卒業研究をストップさせたのですよ。みんなアルバイトを抱えているので、バイトに消えたメンバーのデータを研究室に残ったメンバーが受け継いで作業を続けていったのです。噂によると、ガードと轟の貢献度が高かったとか・・・
新聞社によりますと、鳥取では21日(土)の朝刊に掲載されるはずとのことですが、20日の夜からまた「ホステス連続殺人事件」で別件逮捕などの動きがあったから、どうなっているか分かりませんね。まぁ、どうでもいいや・・・鳥取はさておき、近畿一円は全域、西日本の多くの地域でもこの記事が掲載されたはずです。
上のCGについては、建物が軸線を東西に揃えて並んでいる点を強調したもので、背景を朝焼けにしたのは東が正面であり、日の出の方向に建物群が列をなしていることを意識したものです。軸線を中心に大型建物が並ぶ平面構成は後の「内裏」の空間を彷彿とさせますが、もちろん内裏では、主軸上の建物群は「南面」するわけで、それが中国の「天子は南面す」という思想によるのはあきらかです。ただ、奈良時代の貴族住宅や平安時代の寝殿造住宅では入口-出口の軸線が東西方向である点にも注意しておくべきでしょう。
さて建物A・B・C・Dの復元根拠については、19日の
講演できっちり述べましたが、今日はそれを書き尽くす気力がありません。とりあえず、記事を転載しておきます。
次は12月7日発売の『アエラ』12月14日号です。また別アングルのパースが数枚採用されるはずですので、乞ご期待! ぜひともお買いあげください!!

↑朝日新聞夕刊(大阪)11月20日
*このページに掲載されたCGを報道に利用したり、著作物に引用転載する場合、
浅川研究室の許可が必要です。許可された場合、以下のクレジットを必ずつけてください。
復元CG制作: 鳥取環境大学建築・環境デザイン学科浅川滋男研究室 上の記載がない場合、不正使用とみなしますので、ご注意ください。

↑朝日新聞朝刊(鳥取)にも11月21日に掲載されました(原版カラー)。学生溜飲です!
- 2009/11/23(月) 00:36:24|
- 景観|
-
トラックバック:0|
-
コメント:1