世界自然遺産ハロン湾の文化的景観楊: 君は中国にはさっぱり来なくなってしまったけれども、海外ではどこに行って調査をしていたの?
A: ここ3年ばかり、ベトナムの世界自然遺産ハロン湾の水上集落について調査を続けています。「文化的景観としての水上集落論-世界自然遺産ハロン湾の地理情報と居住動態の分析-」(2007-09年度科学研究費補助金萌芽研究)によるものです。ハロン湾は世界自然遺産に登録されているのですが、湾内におびただしい水上居民がいて各地に水上集落を形成しています。家船や筏住居からなるその集落が自然遺産の海面景観の質を高めているんです。水上居民の集落を含む場合、それは「自然景観」ではなくて「文化的景観」と呼びうるものなんですが、水上居民(漁民)の生活の変化により文化的景観も不断に変化し続けています。その景観をどのように管理していくのか。そういうテーマで調査研究に取り組んでいます。
楊: 水上居民というと、中国では両広(広東・広西)の「蛋家」が有名だけど、ベトナムの水上居民も同じようなイメージで捉えてよいのかな?
A: ルーツを辿れば似たようなものかもしれません。東アジアの沿海域や大河川に水上居民はひろく分布していますから。
楊: 「蛋家」や「蛋民」と呼ばれる船上居住者はかつて広州や香港に溢れていたけれども、いまは政府の方針もあって陸上がりが奨励され、純然たる水上居民はもうほとんどいないんじゃないだろうか。
A: えぇ。ところが、東南アジアは今でも水上居民がたくさんいます。とくに、ベトナムでは水上居民の人口が微増の傾向を示しています。
楊: それはまたどうして?
A: ハロン湾の場合、世界遺産になったことで観光客が増えました。それが一つの収入源になる。もう一つは漁撈から養魚・養殖へ生業が転換していったことで、漂泊的な生活から定住化が進んでいきました。収入も安定してきて、水上集落にカラオケ店とか蒸留水の販売店などが入り込んできて、ちょっとした都市化の様相すら見え始めているのです。また、漁民たちは「陸あがり」を警戒しています。陸にあがっても自分たちができる仕事がないし、知人もいないからです。
楊: 都市化が進むと、自然遺産の景観に悪影響を与えるんじゃないかな?
A: そのとおりです。ですから、景観をコントロールするための制度や計画が必要になるわけです。ハロン湾の遺産管理局は、水上居民の住宅性能を向上させながら環境汚染を防ぐ方法を呈示しているのですが、そこに「景観」という視点が抜けている。景観の重要性をなんとか居住者や行政に理解してもらいたいと思って活動しています。

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円仁と五台山、そして大山・隠岐・三徳山楊: 最近は文化的景観を絡ませた世界遺産の登録申請が増えましたね。
A: ええ、鳥取県も「三徳山-信仰の山と文化的景観-」で世界遺産暫定リスト入りをめざしています。三徳山や大山寺を平安時代に再興した円仁という僧は五台山で修行したんですよ。『入唐求法巡礼行記』を著した僧でして、中国でも注釈本が出版されているんですが、ご存じありませんか。円仁は9年間も唐にいて、帰国後、比叡山延暦寺の第3代座主になるのです。
楊: 円仁は最澄の弟子でしょ。中国では最澄と円仁は空海ほど有名ではないね。比叡山は知っているけれども、三徳山にはどんな建築遺産が残っているの?
A: 懸空寺とよく似た投入堂という懸造の仏堂が全国的にも有名で、国宝に指定されています。平安時代後期ですから、宋代の建築ですが、修行地としての歴史は7世紀にまで遡ります。ぜひ楊先生にみていただきたいですね。ところで、楊先生もあちこちの現場からひっぱりだこのようですが、最近どういうお仕事をされているんですか?
楊: いま3冊の本の執筆を依頼されていてね。文物出版社と建築工業出版社に約束しているんだけれども、なかなか執筆が進まなくて・・・
A: お忙しいのは分かっていますが、ともかく一度お招きしますので、鳥取にいらしてください。
王: わたしはね、あなたの奥さんに会いたいの。主人と懐かしんで、よく話をするのよ。
楊: ひょっとしたら、君よりも君の奥さんやお子さんのことのほうが恋しいかもしれないな(笑)。
王: 奥さんの手料理はほんとうにおいしかった・・・楽しい晩餐だったわね。
A: それが・・・家内は2年前に大病を患ってしまいましてね。脳内出血で、もう駄目かとも思いましたが、今はなんとか恢復しました。ただ、右半身麻痺で杖歩行の体になってしまいました。右手がまともに動かないから、包丁ももてないんです。
王:(仰天した顔をして・・・)まぁ、なんてことなの。北京に連れていらっしゃい。北京で鍼灸治療を続けると、きっと良くなるわ。
A: 日本でも鍼灸治療はしているんですが・・・家内を北京に連れてくるのは難しいですけれども、ぜひ日本においでください。こんどは、わたしの手料理でおもてなししますので(笑)。 【完】
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1年後の2009年9月上旬、五台山を中心とする山西省の仏教建築巡礼を終えたわたしは北京で1泊する機会があり、楊先生に電話連絡した。先生はまたしても出張中で、今回はお目にかかることは叶わなかったが、電話で正式に今回のシンポジウムの講演者として招聘したい旨、お伝えした。執筆中の著作が未完のままで、海外出張している場合ではないとの気持ちも伝わってきたが、「古い友人の依頼だから仕方ないね」ということでご了承いただいた。
楊先生による特別講演の演題は「中国五台山の仏教建築と文化的景観」である。円仁が修行した五台山は2009年の7月に世界文化遺産登録されたばかりで、その地の歴史・建築・景観についてお話しいただく。
中国建築史学の第一人者による「五台山」の講演を今から楽しみにしている。
- 2009/12/06(日) 00:00:27|
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