黒猫くんが文化庁で成果概要を報告した「NPOによる文化財建造物活用モデル事業」の実績報告を掲載します。
(1)事業名称等 【事業名称】 セルフビルド&ゼロエミションによる民家の持続的修復
【事業団体】 鳥取古民家修復プロジェクト委員会
【活動を行なった文化財の名称】 登録有形文化財「加藤家住宅主屋」
【活動を行なった文化財の通常時の利用状況】 ゼミ・研究会・音楽会・修復活動など
【事業経費】 999千円
(2)事業の目的 2006~07年度に県・市等からの研究助成・事業助成を受けて加藤家住宅の修復に係わる本委員会の活動が始まった。学生が加藤家住宅主屋に居住しつつ調査・設計・施工補助に携わり、施工は鳥取県木造住宅推進協議会に所属する工務店が請け負って基礎・軸部・屋根の修復を完了させた。学生主体の活動としては、2006年度に「イロリの復原」、2007年度に「ロフトのアトリエ化計画」を進めた。前者は屋根裏で発見された自在鉤を再利用した復原、後者は廃棄家具・中古家具の補強・修復によるアトリエの計画であり、床下でみつかった梯子を手摺りにリサイクルした。修復活動のほか、ゼミ、シンポジウムやギター演奏会などにも民家を利用してきた。
2009年度はほとんど手つかずの状態になっていた内装工事を、一般市民・学生がボランティアでおこなう部分と職人に任せる部分に役割分担し、修復を進めた。日々の修復活動こそが民家の「活用」「管理」であり、とりわけ市民公開の修復ワークショップを開催することで、修復への市民参加と民家の活用を促し、文化財建造物に対する愛着を深めることをめざした。修復活動では以下の4点をとくに重視している。
()ローコスト修復とセルフビルド ()材料のオーセンティシティの維持
()材料のリユース&リサイクル ()一般人と職人の役割分担と交流
(3)事業活動の内容1.石造カマドの復原: 2006年度工事の際、解体され庭に放置されていたカマド・パーツや土台
を学生主体で復原した。洗浄・写真撮影後、カマドパーツに番付して略測などの基礎調査
をおこない、全パーツをデータベース化した。そのデータに基づいて、土器を復元する
ようにカマドを復原して、土間の当初位置に設置した。完成したカマドでは、
プロジェクト研究で蕎麦作り、第2回公開ワークショップでは昼食の芋煮を作り、
活用した。
2.小舞壁の土塗り:
【事業名】 第1回公開ワークショップ-左官工程-
【開催日時】 2009年8月27日 【場所】 加藤家住宅主屋
【目的】 荒壁塗体験 壁土作り 【参加者】 市民、学生、左官職人など40名
【実施団体】 鳥取古民家修復プロジェクト委員会
【事業内容】 塗り残されていた妻壁内側など数ヶ所の左官工程を実施。7月下旬から塗土の
準備を進めた。2006年修理時に土壁を剥がして保管しており、その旧壁土に新しい土・
砂・藁を混ぜて養生・発酵させた。ワークショップでは左官職人の指導の下、一般市民
・学生が土練りと荒壁塗りを体験。
3.建具の再設置:
【事業名】 第2回公開ワークショップ -建具の修復と納まり-
【開催日時】 2009年10月18日 【場所】 加藤家住宅主屋
【目的】 建具の修復 軸部構造補強の検討 裏門の復原設計の検討
【参加者】 一般市民、学生(含県外)、大工、建具師、表具師など47名
【実施団体】 鳥取古民家修復プロジェクト委員会
【事業内容】 2006年に柱を一本一本ジャッキアップし、根継・土台の差し替え・柱の
傾斜矯正・土台の差し替えなどをおこなった結果、敷居-鴨居の内法寸法が
伸び縮みし、建具寸法とあわなくなった。このため、建具の框に打物をしたり、
框を削ったりして敷居-鴨居内に納まるよう修正した。建具の打物や削りは
大工職人と建具職人が担当し、一般来場者はその技を見学。また、一般来場者は
表具師の指導の下、古い襖の表装張替え、障子紙の貼り替えをおこなった。
このワークショップでは文化庁の西山調査官と文建協の安田主任技師も参加され、
建具修復・軸組構造補強・裏門復原設計に関する意見交換をした。
4.軸部の構造補強: 加藤家住宅の場合、建物全体が半時計まわりに回転する「癖」が
2006年修理前からみとめられていたが、軸部矯正後に座敷側で再発していること
が判明。この回転に抵抗するため、第2回公開ワークショップで裏側の納戸に
構造用合板を用いて箱状の構造体を設けるべきとの結論に至った。その後、
ただちに実施設計に着手し、施工を12月中に終えた。なお、背面側とはいえ、
合板による構造補強部分は無粋であり、縁の廊下側から補強がみえないよう
配慮した。西側は現状の4枚障子の内側に半柱を立てて内側に納め、障子を
あけると押入状の収納スペースを使えるようにした。南側の合板は鴨居・敷居
を縁側に出すことで補強前と同じ外観を継承するようにした。この合板を用いた
安価な補強によって回転癖が抑制されることに期待している。
5.発掘調査に基づく裏木戸の復原: 加藤家住宅の裏木戸(裏門)は現存しないが、2007年度
の石垣修復時に発掘調査をおこない、平面の復原を済ませている。今年度は近隣の類例
を調査し、学生が上部構造の設計・施工を自主的に進めた。材料は2回のワークショップ
のために購入した木材の余材などを再利用したが、大きな部材(柱や棟木など)は購入
せざるをえなかった。大工の指導の下、本格的な部材加工・組み立てを進め、
3月中旬に竣工。
(4)事業の成果1.今年度の事業成果: プロの職人と市民・学生で役割を分担し、ローコストの修復を実践
できた。たとえば、軸部の構造補強を例にとると、設計は学生、施工を職人に依頼
した。構造用合板を用いた箱物の材料費は1枚約2500円の合板を10枚購入し、残りの
必要な部材はワークショップの余材等を利用した。また、職人1名の労働時間も
わずか5日で済んだ。このほか、建具の打物や削りについては、プロの職人に依頼
したが、荒壁塗りや襖の表装替えなどは一般市民・学生が担当し、素人仕事ではある
けれども、予想以上のスピードで作業が進んでいった。このため、賃金等のコストを
抑えることにも成功した。予定していた項目のうち果たせなかったのは「竹樋の設置」
だが、これについては、施主側が雨落溝の掘削工事を希望しており、その工事との関係
で断念した。しかながら、プロジェクトは順調に進み、内装の修復は予定どおり終了
した。
2.カマドの芋煮と青空昼食会: 第2回公開ワークショップでは、学生が復原した石造カマド
で芋煮をした。「鶏肉+醤油」と「豚肉+味噌」の2パターンを調理。昼食会場は
座敷前の縁と庭。ここで、ご飯、漬け物、芋煮で会食。暖かい日差しと緑に包まれた
楽しい昼食時間を参加者全員が堪能した。職人・市民・学生(県内外)の交流が深い
ものになったのは間違いない。
3.研究総会: 今年度事業の報告会(研究総会)を2月26日に開催した。参加者は23名。
発表は、①宇田川恭平「建具と内装の修復-加藤家住宅修復プロジェクト-」、
②門脇史知「さおびきどっこ-古民家裏木戸の復元-」。当日は鳥取県・鳥取市・
倉吉市の文化財関係者・職人のほか、別件で来鳥されていた楊鴻先生(中国
建築史学会理事長)や平澤毅室長(奈良文化財研究所)も発表を聴講され、
「とてもよくできた研究だ」「良い仕事をしている」などのお褒めのお言葉を
頂戴した。
(5)事業の課題 2006年度の第1期修復工事以後、断続的に続けていた修復活動ではあるけれども、そのスピードはゆったりとしたものであった。しかし、今年度は文化庁助成事業に採択されたこともあり、例年以上に修復活動を組織化させ、行政や工務店などの好意的なサポートをいただき、一気に内装の修復を進めることができた。
しかし、経費不足の感は否めず、未だ割れガラスなどの修理ができていない。また、樋や雨落溝の整備もできていない。維持管理の体制を含めて、残念ながら、加藤家住宅は「常時公開」可能なレベルにまでは至っていないので、これを克服し、「常時公開」「常時活用」可能な登録文化財に進化させるべく努力を続けていきたい。
(6)今後の展開 まず、事業報告書の刊行を急がなければならない。来年度には、今年度までの成果を利用して「ローコスト修復のエッセンスをまとめたハンディマニュアル」の刊行を予定している。ハンディマニュアルはB6版24頁2色刷りを想定し、すでに編集作業をはじめている。どこにでも持ち歩けるポケット・サイズで、イラストを多用した一般向けのマニュアルである。マニュアルでの留意点は、とくに以下の3点である。
1)文化財としてのオーセンティシティを維持するということはどういうことなのか。
2)オーセンティシティを維持しながら、民家をローコストで修復するには
どのような方法があるのか。
3)プロの職人とアマチュアの役割分担をどうすべきなのか。
この3点に留意しながら、加藤家住宅スタイルの修復方法を分かりやすく解説し、一般市民に愛着を抱いていただけるような冊子に仕上げたい。刊行後は、関係諸機関や古民家所有者に無料配布する。また、pdf形式でのネットからの配信もおこなう。こうすることによって、県内過疎地での古民家修復に悩んでいる方々を支援し、また地方にIターン・Jターンして「田舎暮らし」を始めようとしている方々に刺激を与えたい。
- 2010/03/21(日) 00:00:38|
- 研究室|
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