FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

摩尼寺「奥の院」発掘調査日誌(Ⅷ)

DSC00146.jpg


盂蘭盆会 五輪塔の供養と恩恵

 8月10日(火)。台風4号の影響か、晴れたり小雨が降ったりと、いまいち天候が不安定です。それでも日の予想最高気温は35度だとか。現場は蒸し暑そうというイメージがわきますが、やはり自然の力は素晴らしい。360度を緑に囲まれた標高270mの「奥の院」は、最高に快適です。葉が揺れる音、虫や鳥のさえずりだけが現場を包み、市街地のうやむやを忘れさせます。
 さて、この日は若干名が倉吉の町並み調査に出かけてしまいましたが、ASALAB発掘調査隊はナオキとホカノさんの協力のおかげで健全です。本日の作業内容は、遺物の取り上げ、A区盗掘風土坑周辺の表土はぎ、B区長形大土坑の掘り下げをおこないました。発掘調査は明日からお盆休みに入るので、きりのいいところまで作業を進めるのが本日の課題。しかし、先生は「その日の作業は、きりが悪いところで終えるのがコツ」とのこと。よく分かりませんが・・。とにかく、できるとこまで作業を進めましょう。

 DSC00121.jpg DSC00177.jpg

 午前中は、A区で昨日みつかった平底土器(?)の取り上げおよび盗掘風大坑の範囲を遺構カードの記入。B区では、引き続き長形大土坑の検出および基壇土(三和土)と表土との境界を探しました。8日から検出しつづけていた長形大土坑は、B区の左右両端までひろがりました。前回も示したように、そこからは五輪塔の破片が大量に出土しています。五輪塔とは、主に供養塔・墓塔として使われる仏塔の一種なので、不用意に扱うと祟りがあるとの伝承もあります。この点を気に掛けて、先生は供養のために比叡山延暦寺の線香(と花火のような竹串のついたバリ島の線香)を持参されました。ご存知かとお思いますが、摩尼寺は天台宗の寺院です。天台宗総本山の線香なのですから、これ以上のものはないでしょう。午前中から要所要所にバリの串型線香を先生は刺して行かれました。ジャスミンのような甘い香りが現場に漂います(↓)。そして昼食後、みんなで比叡山の線香を数カ所で焚き、五輪塔に水を垂らして、供養しました。無縁仏たちも喜んでくれたのではないでしょうか。

04五輪塔供養01


 DSC00144.jpg DSC00147.jpg

 供養を終え、午後からは「遺構カード」記入のためにA区盗掘風土坑周辺の三和土と土坑底の「暗灰土」の境界線を検出しました。もちろん先生に指導されながらの作業です。A区の盗掘風土坑と思われた遺構は直径約50cmの土坑底にわずかながら暗灰土を残し、その上側の側壁は三和土で塗り固められています。前回述べたように、昭和の攪乱ではなく、建物に伴う遺構と考えるべきで、いったい何のためにこのような茶碗のような形をした大きな穴を掘ったのか、今後の大きな課題になりそうです。
 なお、A区の基壇端は、南側が縄張りからやや斜めにはみ出し、ところどころに連続して人頭大の楕円形痕が検出されました。これは基壇縁石の抜き取り痕跡かもしれません。その抜き取りらしきピットには炭が大量に混じり込んでいます。とすれば、「火災」が頭をよぎります。羽柴秀吉軍の摩尼寺焼き討ちと係わるのかどうか??
 一方、東側は縄張りのラインよりもやや内側に基壇端が曲がりながらのびています。この状況と、露出している礎石や検出した礎石を見比べ、突然、先生がトレンチの方向をわたしに質問されました。
 今回のトレンチは、南北軸に対して西にわずかにふれています。発掘前の礎石配置があまりにもランダムで、まったく位置関係に規則性が読み取れなかったので、なるべく加工段全域を調査できるよう平坦地に平行にトレンチを設定しました。先生はトレンチの範囲はともかく、基準線は東西・南北に設定されていると思われていたようです。しかし、現状の基準線は東西・南北の方位とずれています。この結果、礎石列がランダムにみえていたのですが、一部の柱の並びを観察するとあきらかにそろっているので、わたしに「このトレンチの基準線は絶対方位にあっていないんじゃないのか?」と訊かれたのです。わたしは、その通りです、と答えました。

   「そうか・・・、だからまとまらなかったんだ・・・」

04五輪塔供養02

 そこで、絶対方位の南北・東西にあわせて、遺構をみなおすと、綺麗に石が並んでいます。その方向性は崖の斜面に露出している石を巻き込んでいることまであきらかになりました。崖の斜面の石のまわりをガリで掻いたところ、その周辺に三和土が確認されたので、建築の礎石であるのは間違いありません。平面の規模は思っていたよりも大きく、懸造(かけづくり)の構造をしていたことが斜面上の礎石からあきらかになってきたのです。五輪塔を供養したその日に、ようやく建物の平面と規模がみえてきました。ひょっとしたら、五輪塔供養の恩恵なのかもしれませんね。盆明けの調査開始時には、再び送り火として線香を焚きたいと思います。
 さて、先生によりますと、トレンチの設定は方位からずれることはままあるが、基準線と小地区の設定はあくまで絶対方位に従わなければならないということで、これについては、以下のように対処することになりました。

 1)遺構カードは、方位のずれた現在の小区画を採用し続ける。
 2)正式な実測では東西南北の方位にあわせて2m四方のブロックができるよう、新たに杭打ちをして水糸を通し、作図する。
 
 これらに向けて、いろいろと準備する必要があります。11日から発掘調査は盆休みになりますが、休んでいる暇はありません。今後の活動に向けての下準備や文献資料などの収集に奔走しなければ・・・16日には早くも作業再開です。
 最後になりましたが、2日にわたって発掘調査をお手伝いしていただいたホカノさん、ありがとうございました。今度は17日から3日間、チャックさんが現場で発掘調査に参加されます。こうしてOBとつながっていられるのは、とてもうれしいことですね。(Mr.エアポート)

DSC00126.jpg

  1. 2010/08/13(金) 00:40:12|
  2. 史跡|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<ぼくは奥の院で人間力を恢復させている | ホーム | 遥かなまち、くらよし探訪(Ⅳ)>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://asalab.blog11.fc2.com/tb.php/2276-24e51377

本家魯班13世

04 | 2021/05 | 06
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search