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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

ぼくは奥の院で人間力を恢復させている

 この前期、ぼくは精神を病んでいた。その自覚があったのかなかったのか、疾走しているあいだに自分をみつめる余裕はなかったが、いまはそう思う。とくに7月の学期末に不調の底に落ち込んでいた。その結果、「連休中」を頻発して、事実上ブログを断筆してしまった。持続こそが命だと思って続けてきたこのブログだが、ぼくの力はすでに尽きていたのだろう。敢えて吐露するならば、六弦倶楽部の練習会ですら辛い試練だった。練習もろくにしないまま限界に近い状況で参加したものの、会場に向かう道行きの渋滞で体調は悪化し、帰途、コンビニに車を停めて仮眠をとった。練習会自体はもちろん楽しくて、よい気分転換にはなったけれども、疲労は蓄積し、翌週の体調は底の底まで落ちこんだ。
 夏休みの発掘調査を億劫に思い始める自分がいた。もともと発掘調査が好きなわけではなく、高い技術をもっているわけでもない。ただ、研究室の学生たちが「発掘調査したい」という気持ちを強くアピールしてくるので、ぼくはその意を汲んで手続きを進めてきたのである。しかし、よくよく考えてみれば、ぼく以外のメンバーはだれひとり遺構を検出できない。露骨な言い方をするならば、調査員はぼくひとりであり、他の全員は作業員もしくは補助員にすぎないわけだから、ぼくが休むと現場が進まない。なんてこったろう・・・やっと夏休みになって奈良で家族と過ごせる時間がとれるというのに、鳥取に残って苦手な発掘をするなんて・・・とほほ
 
 8月5日、ぼくは今年初めて摩尼山頂に近い奥の院の現場に上がった。長い道のりだった。門脇茶屋からのびる山道をいくら歩いても現場は遠かった。とくに最後の坂道がきつい。現場に辿り着いて、いつものひと言。「生まれてくるんじゃなかった・・・」
 L字トレンチの遺構検出を開始した。バチで薄く削ると、たちまち三和土(タタキ)が顔を出す。礎石のまわりに張り付いた基壇化粧の土であろう。三和土と外側の黒灰土の境を見分けるのはそう難しい作業ではない。表土上では寛永通宝、礎石据え付け部分では黒色土器がみつかった。わずか半日の作業で、基壇の規模とおおまかな年代観の見通しを得た。あれっ、おかしいぞ。体を動かして調査する自分に快感を覚えている。病んだ精神が解放され始めているのではないか。そういう兆しを感じた。
 2日めから、不思議なことに、山道が苦にならなくなった。なにかに押されているかのごとく、体が前へ前へと進んでいく。山道を歩くこと自体が楽しく、現場への期待に心が躍る。山頂に近い標高270mの奥の院は涼しく、マイナスイオンが充ちている。清涼な空気と虫の音や鳥のさえずりが心身にしみ込んでくる。現場にいるだけで気持ちよく、発掘調査が苦にならない。遺構をみつけるために自ずと体が動いていく。義務でも強制でもなんでもない。自然体として黙々と土を掻く自分に驚いた。

 平城京で14年間、発掘調査に従事した。有意義な仕事ではあったけれども、楽しいと思ったことは一度もない。研修現場は兵部省(1700㎡)、それから長屋王邸宅(3000㎡)にまわされた。広大な現場に十台を超えるベルトコンベアが並び、数十名の作業員を数名の調査員が動かしていた。最初の印象は「まるで土木工事の現場みたい」。以来、いろんな現場の担当をして、貴重な経験を積ませていただいた。しかし、ぼくにとって発掘調査は最後まで「早く片づけてしまいたい仕事」でしかなかった。自分の仕事ではない。やるべきことは別にあると思っていた。

 それがどうしたことだろう。摩尼山「奥の院」の発掘調査は心地よい。楽しい。調査を終え、歩いて下る帰り道がまた楽しい。今日をふりかえり、明日を考えながら、木霊たちに語りかける。葉っぱの下に隠れてないで、出ておいでよ、木霊さん・・・そんな山道だね。
 「奥の院」の現場にベルコンは1本もない。廃土は手箕で外に出す。調査メンバーは最大で8名だが、全員がそろうのは稀なこと。発掘調査は2人でも3人でもできる。全員が調査員で、全員が作業員なんだ。自然にいだかれ、土にまみれ、昼休憩に手弁当を食べ、1日2リットルの水を飲む。ときどき思う。これが発掘調査の原点ではないのか、と。53歳になって10年ぶりに発掘調査を経験し、ぼくはようやくこのことに気が付いた。
 それにしても、7月にぼくを苦しめていた、あのブルーはどこへ行ってしまったのか。山の現場は、ぼくの精神を正常に戻してくれた。ぼくは奥の院で人間らしさを取り戻している。
 この現場はいつまで続くのだろうか。熱い夏が終わらないでほしい。

  1. 2010/08/14(土) 00:08:44|
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