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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

摩尼寺「奥の院」発掘調査日誌(ⅩⅩⅢ)

突然の大雨


突然の恵みの雨

 8月30日(月)。この日の作業は、以下の3点です。

  1)新たに縄張りして設定したA区とD区の壁際トレンチの掘り下げ
  2)これまで検出した下層遺構の実測
  3)前回視察した一段下の加工段の地形測量

 1)の掘り下げは5~10cmまでとし、途中で遺物が検出された場合、それ以上は下げないようにしました。A区の掘り下げは新たに設定した壁際トレンチをナオキさんが担当し、従来のL字トレンチは轟の担当です。壁際トレンチでは土器片と鎹のような遺物が出土しました。特に注目すべきは、柱穴1の中から発見された土器です。柱穴で遺物が発見されると、建物の年代判定に大きく係わります。もし、柱穴1が上層建物の礎石抜取穴である場合、上層建築の廃絶年代と関係する遺物となります。土層断面の調査と土器の鑑定結果で左右されますが、おおよその廃絶年代を推定できる貴重な遺物であるのは間違いありません。
 一方、L字トレンチでは、消えた凝灰岩を追って掘り進みましたが、凝灰岩はおろか、タタキと見れる層もなく、柔らかい土層がしばらくつづいている状態でした。

柱穴1の土器(1) 柱穴1の土器(2)
↑柱穴1から発見された2つの土器の破片

 一方、一段下の加工段の地形測量を進めている部長さんとどんべえさん。午前中は測量のための基準点=ベンチマーク(BM)を上の加工段のBM1から移動させ、午後から地形測量を開始しました。時折、エアポートさんもサポートに周りながら、加工段の地形を測量していくと、徐々に形が把握できてきました。前回のメジャーによる略測が長さ17m×幅4mでしたが、トータルステーションで測量し作成した図面によれば長さ19m×幅5mとなりました。礎石のように並ぶ石がここまで建築があったことを彷彿とさせていますが、これが生きているのか死んでいるのかは発掘してみないことには分かりません。また、ここを試掘した場合、上の平坦地と同じように凝灰岩層が見つかれば、下層もこの加工段まで伸びていたことになるでしょう。

 午後の作業を開始して2時間ほど経ったときでした。加工段測量の終了間際、雷がいつものようにゴロゴロと鳴り響き始めました。この日も雷だけで雨は降らないだろうと思っていたのですが、ふと気が付くと、雨雲のせいか、A区・D区の東側は土の色が分からないほど暗くなっていき、次第に小粒の雨がふりはじめました。それでも作業を進めていくのですが、徐々に雨足は強まり、夕立になってしまいました。急いで遺跡の重要な部分にブルーシートをかぶせ、調査員は一時テントに待避。1時間近く降りつづけ、とても作業できる状態ではないため、この日は下山しました。また帰り道が雨でひどくなり、全員ビショビショで泥だらけになったのは言うまでもありません。
 でも、やっと降った恵みの雨です。乾燥していない遺構を見るのははじめてですから、次回の検出では遺構が見えやすくなるかもしれませんね。(轟)

加工段

  1. 2010/09/08(水) 23:32:51|
  2. 史跡|
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