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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

摩尼寺「奥の院」発掘調査日誌(ⅩⅩⅩⅨ)

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土層断面の注記 スタート

 9月25日(土)。この日は、24日と同様に断面の線引き&作図、、C区南側トレンチの掘り下げをおこないました。予定を大幅に遅れている断面実測ですが、徐々に図面が集まってきたので、この日、ついに先生が土層名称の注記(ネーミング)をはじめました(↑)。土層注記とは、土層の色調(土色)、土性、粗密、粘性、含有物など、層界の状況を観察した所見で、遺跡の性格を位置づける重要な作業です。この注記作業は先生以外だれもできません。先生の注記作業は、私たち学生が引いたチェック工程でもあり、「なに、これ?」とか「全然反対じゃん」とか「壁と図面で線の数がちがうやん」とかぶつぶつ唱えながら作業を進める先生の挙動にみなピリピリしています。
 さて、断面の線引き&作図は、昨日から引き続き「② C区北壁」を部長さんが進めていきました。C区北壁には上層の礎石が噛んでいるので、この石が元位置から動いているかどうか、見極めが重要です。また、同区「① C区西壁断面」では、エアポートが追加の断面線引き&作図をおこないました。C区西壁は、断面の手前から上層の礎石が出ており、その真下には凝灰岩盤を穿った雨落溝状の遺構があります。今回、礎石(上層遺構)の断面と凝灰岩盤(下層遺構)との断面関係を確認するため、その周囲にL字トレンチを設置し、土層の検出と実測をおこないました。この日はタクオさんも参加し、担当断面「⑪ A区東壁」を線引きされました。
 一方、昨日先生が掘り下げられたC区南側トレンチは、ナオキが掘り下げを受け継ぎました(↓)。表土から20センチほど下げると、凝灰岩の岩盤が! また、他のトレンチと同様に、凝灰岩盤は平坦地のほぼ中央で途切れ茶灰系の粘質土(下層基壇土?)に変わることが確認されました。やはり、この平坦地には南北方向に凝灰岩盤がひろがっているのです。さて、昨日も紹介したようにC区南側トレンチからは、下層から安山岩らしき石がたくさん出てきました。この日、茶灰土系の基壇土まで掘り下げることで、上層の礎石のような石や安山岩が元位置から動いているかどうかを確認できました。結果、残念ながらこれらの70%前後は底部に黒い表土系の土が噛んでおり、元位置から動いていることが明らかになりました。上層の遺構検出の際、この石列周辺には土坑とみられる窪みがいくつも確認されていたので、これらの石が正式に土坑に廃棄されたものだということがいえます。しかし、上層の礎石の中には、ベージュ色の土の上に座っているものもみられました。これら元位置から動いていない石をピックアップし、全体配置と照らし合わせていけば、上層の礎石配置を復元することができるかもしれません。

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 土層の注記作業は、「③ B区南壁」と「⑤ B区L字トレンチ北壁」、「⑥ 長形大土坑セクション」は終わりました。B区南壁では、凝灰岩岩盤(↑図の赤線)と下層基壇土(↑図の青線)がほぼ水平に続いていることがわかりました。壁から突き出た礎石のような安山岩の周辺には据付穴(もしくは抜取穴)風の落ち込みが確認できますが、この穴は上の青線から下に切り込んでいっています。凝灰岩盤に続く青線が下層の最上層面である可能性を示唆する証拠といえるでしょう。先生によれば、礎石建物の据え付け穴と抜き取り穴の関係はやっかいだそうです。基壇造成の途中の段階で礎石をおき、そこから基壇化粧までまた土をもっていくので、最上面からは据え付け穴がみえないのだそうです。上からみえる穴は礎石の抜き取り穴で、その何層か下に据え付け穴があるのだそうですが、抜き取り穴を深く掘る場合、据え付け穴もそれに呑み込まれて消えてしまうこともしばしばあると言われました。
 なお、同区L字トレンチ北壁も同様に凝灰岩岩盤と下層基壇土がほぼ水平に続いており、上層の礎石周辺には据付穴らしきピットがタタキの下地面から落ち込んでいることが確認されました。また、これまでラベル記載では「黒灰土」と呼んできた土が二つの土層に分かれることが分かりました。上側の黒灰土(黒灰色砂質土)は上層遺構廃絶後に堆積した表土直下の土であり、下側の黒灰土(砂礫混黒灰褐砂質土)は上層タタキ(淡灰褐粘質土)の下地にあたる土のようです。ラベル「黒灰土」であげてきた遺物については、検出日と出土位置を吟味し、上下とちらの層にあたるのか注意深く検討しなおさなければならなくなりました。一方、長形大土坑セクションは、上層基壇土から土坑の埋土層が切り込んでおり、土坑の端(山側)には埋土の下に下層基壇灰絶後の盛土(上層基壇の下地)が確認されました。
 この日は、先生が手本で土層のネーミングをされたのですが、そのほとんどが複雑だったので(学生の実測図にもそうとう問題があった)、先生は注記の作業中ずっと唸りっぱなしで、

  「あぁ~、シビア!」

の連呼でした・・・重要な作業だけあって難しいんだなぁと思い・・・ん、このパターン。以前の土層検出でもあったような・・・。今のうちに注記された図面をよく確認して、土層の注記作業について理解しておかないと。(Mr.エアポート)

  1. 2010/09/30(木) 23:49:30|
  2. 史跡|
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