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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

遥かなまち、くらよし探訪(Ⅷ)

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なつかしの倉吉線

 10月5日。今回の倉吉探索では、風景データベースの完成を目指して、旧陣屋町エリアの際(きわ)とも言える、倉吉銀座通り(堺町~新町)の風景の探索と、小鴨川周辺の探索を行いました。

 本日、わたしは汽車での鳥取から倉吉へ移動しました。鳥取-倉吉間は、快速とっとりライナーもありますが、出発時間の関係上、各駅停車の列車としました。倉吉まで小1時間程度の道のり。汽車の旅はなんとも、いいものですね。
 「遥かな町へ」のなかには、倉吉駅周辺の風景もいくつか出てくるため、倉吉駅到着後はその風景写真も…と考えていたのですが、ちょうど駅舎の工事が行われており、防音シートに隠されて駅舎の姿がまったく見えなかったため、今回は撮影を見合わせました。
 倉吉駅から旧市街地まではバスで移動。時間帯によっても変わるでしょうが、ほぼ10分間隔でバスが出ており、非常に便利です。漫画のなかで主人公が乗っていた「西岩倉」行…ではありませんでしたが、同じ銀座通りを通るバスで、旧市街地へ。堺町バス停で降り、そこからは銀座通りの風景を探索して歩きました。

 地図と漫画のコマとにらめっこしながら歩いていたとき、銀座通りの北側に「倉吉鉄道記念館」があることを知り、今回、足を伸ばしてみました。鉄道の風景も近代を感じさせるものであり、漫画のなかにもかつての倉吉線の姿が描かれています。記念館はこじんまりとした建物ですが、倉吉線敷設後から、その廃止までの写真が壁をぐるりとめぐり、そのほか実物のSLも展示されています。

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 明治36年、鉄道山陰本線が境港・米子から倉吉エリアまで開通しましたが、駅は倉吉旧市街地を通らず海に近い上井に置かれました。このことが最大の原因となり、旧市街地エリアが衰退をみせはじめたことから、倉吉市は旧市街地を通る鉄道をつくり交通の便を整えるため、津山-倉吉間の鉄道敷設の断念を経て上井-倉吉間の鉄道を開通させました。これが倉吉線です。
 倉吉線の敷設にともない、駅前通りは大いに発展しましたが、昭和60年、倉吉線は廃止となりました。


 こうして、銀座通り周辺を調査していたのはよかったのですが……。
 じつは魚町で、倉吉市による修理が行われる看板建築について、前日から足場が組まれ工事が開始されていたのですが、その工事日程を確認できておらず、私が確認したときにはすでに看板部分が外された後でした。看板建築修景も今回の倉吉での研究課題のひとつであることから、市の看板建築修景についてはせめて外側からの写真撮影だけでもしておかなければならなかったところを、確認不足により見逃してしまいました。非常に深く反省しています。
 看板撤去後の姿や、またこれ以前に修復が行われている他の看板建築の研究をもって、なんとかこれを補いたいと思います。

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(修理前)                (看板撤去後)

 後味の悪いミスで記事を結んでしまうのも、申し訳ないので……文末に、癒される写真を置いていきたいと思います。画像下の方にご注目ください。(きっかわ・ドゥンビア・どんべえ)


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  1. 2010/10/08(金) 12:28:46|
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