夕方からサティにでかけて映画をみようということになった。「ヤマト」が第1候補だが、「相棒」もわるくない。ワーナー・マイカル・シネマズのチケット売り場に行くと、「相棒」は年末からでまだ上映していなかった。代わって、「ノルウェイの森」の初演日であることを知った。
もちろん「ノルウェイの森」をみた。ベトナム系フランス人の奇才、トラン・アン・ユン監督が村上春樹の原作をどのように仕上げているのか、気になってしかたなく、ヤマトなどどうでもよくなった。「夏至」や「青いパパイヤの香り」でわたしたちを唸らせたのは、ベトナムの日常世界を見事に映像化したその手腕だとわたしは思っている。日常的でありふれた生活空間を視覚芸術に昇華させるその凄腕が、日本を -厳密にいうならば、1960年代後半から70年代前半の日本を- どう映像化しているのか、ただそれを視たいと思った。
村上春樹の原作本は読んだことがない。正直、村上春樹は得意な作家でない。ほんのわずかな数だけ短編集を読んだ。その短編集のなかに「ノルウェイの森」の習作を含んでいたように記憶している。わたしには「ノルウェイの森」が何を言いたいのか、よく分からない。おそらく「愛とはなにか」を問う小説なのだろう。愛に一途な女と愛よりも性に溺れる男が対照的に描かれているようにも思ったが、まったく的はずれのことをわたしは言っているのかもしれない。
主人公の最後のひとこと、「ここはどこなんだ?」が耳に残っている。ニール・ヤングの2枚めのアルバムタイトル(Everybody Knows This Is Nowhere)をおもいおこした。たしか、「ここはどこでもない」と日本語訳されていたはずだ。
あいかわらず監督は「水」を好んで描写する。人物の向こうの窓外に雨(や雪)が降っている。そういうシーンがなんどもあった。人間の心情を映し出す鏡のように、雨が降り、雪が舞う。泥沼のような蓮池をのたりのたりと泳ぐ鯉の描写にも懐かしさを覚えた。ベトナム難民の監督がハノイの日常を描くとき、わたしたち異文化の人間が視覚の外におしのけてしまう細部の要素が光と影の彩のなかにあらわれては消える。その映像をみるたびに、なんどもベトナムに足を運び「文化」を学んだはずの自分が恥ずかしくなったものだ。今回は立場が逆転している。監督が文化の外にいて、わたしたちはその内(なか)にいる。わたしたちは細部に至るまで、日本の -厳密にいうならば、1960年代後半から70年代前半の日本の- 生活風景を知っている。ベトナム系フランス人の監督はそれを体験していない。ただし、1960年代後半から70年代前半の日本もすでに遠い過去になっており、その時代を正確に映像化しようとする場合、一定の復原的操作が必要になる。大道具・小道具ともよくできていた。日本人スタッフのサポートを得ているのだろうが、時代考証は完璧だった。しかし、ベトナムの生活空間ほどのエロスを日本の生活空間に感じることができなかったのが残念だ。クロサワほか日本の監督も、生活世界の描写に長けており、おそらくトラン・アン・ユン監督はそれら先達の影響を受けているだろうから、日本人の先達たちを超えることができるのかどうか、あるいはできたのかどうかで悩んだにちがいない。かなうならば、舞台をベトナムに移し、ベトナム版の「ノルウェイの森」に変換してしまえば、監督の力量をもっと発揮できただろう。ただ、そうなると、村上春樹が映画化を許可しなかったかもしれない。
もっと日常世界にこだわればよいと思った。たとえば、恋人が自殺したあとの日本海?の風景は不要ではなかったか(原作に含まれているのかどうかは知らない)。そう思うのは、わたしが日本人だからだろうか。「夏至」のハロン湾のような扱いで海を使っているのだが、日本海の断崖絶壁は船越英二の刑事物でみなれてしまっているから、非日常性の舞台としてもうひとつピンとこないところがある。日本海の洞窟に野宿して哀しみを晴らすのではなく、日常性のなかで哀しみを乗りこえるような設定のほうが小説の流れにあっているように思うのだが、外国人がみると、あのような景観こそがエキゾチックで良いのかもしれない。
音楽はあいかわらず秀逸だ。映画の時代の音楽を安易に導入するのではなく、新たなカヴァーで聴かせてくれる。その媒体となるのがエレクトリック・ギターなのだが、演奏の方法はアコギそのもので、しかしエレキはアコギではないから、そのシンプルな音色に得たいのしれない色気が生まれている。まだみていないかたは、「夏至」のヴェルベット・アンダーグラウンドを思い起こしていただければ、と・・・
良い映画だったと思う。客席には30人ばかりしかいなかった。しかし、みな映画好きなのだろう、物語が終わっても席をたつことなく、エンドロールをじっと眺めていた。
- 2010/12/12(日) 03:50:30|
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