『The Shadow of Love』から2年経った1995年、青江美奈は再びニューヨークに渡り、凄腕のジャズ・ミュージシャンをバックに熱唱し、『passion mina in N.Y.』を世に出した。こんどは英語のスタンダードではなく、自分の持ち歌を日本語で歌い、そのバックをジャズ・ミュージシャンで固めている。しかも、「仮想ライブ」の形式をとる先駆的なアルバムがここに誕生した。青江は95年の渡米時、ニューヨーク・レインボールームでのチャリティー・ディナーショウに出演しており、おそらく拍手や挨拶は、そのコンサートの録音を使っているのだろうが、すべての歌と演奏はスタジオ録音である。こちらのアルバムもラインナップにご注目いただきたい。
1. オープニング“Moanin'”~伊勢佐木町ブルース 2. 長崎ブルース 3. 池袋の夜 4. 国際線待合室 5. New York State Of Mind 6. 上を向いて歩こう 7. Love Is Forever 8. 白樺の小径 9. 淋しい時だけそばにいて 10. 恍惚のブルース 11. 女とお酒のぶるーす~エンディング“Moanin'”
なにより驚くのは、仮想ライブのオープニングとエンディングに「モーニン(Moanin)」をもってきていることだ。ご存じのように、「モーニン」はアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのテーマ曲である。 アルバム『モーニン』(1958)を発表したころのメッセンジャーズは、テナーサックスのベニー・ゴルソンが事実上音楽監督の立場にあったが、バンドのスターはリー・モーガン(tp)だった。モーガンは60年代になって『ザ・サイドワインダー』(1963)で大ブレイクする。いわゆるリズム&ブルース寄りの8ビートジャズであり、ジャズの正統を好む人たちからは蔑まれてきた感なきにしもあらずだが、この流れは脈々としていまも「フュージョン」に受け継がれている。ありがたいことに、この分野ではギターが重要な役割を果たす。ジャズでは超マイナーな存在でしかないギターが、ファンキージャズでは表にでてくる。グラント・グリーンやコーネル・デュプリーの演奏がただちに頭をかすめるが、『passion mina in N.Y.』ではデビッド・スピノザが大活躍している(とくに「長崎ブルース」の演奏が◎)。
この、8ビートのファンキージャズが「伊勢佐木町ブルース」に合うのである。「伊勢佐木町ブルース」に合う、というよりも、アップテンポの演歌ならなんでもあうのかもしれない。「長崎ブルース」「池袋の夜」「国際線待合室」などはみんなこの手のアレンジで、青江はハイカラに歌い方を変えることなどせず、そのまま演歌をうたっている。ファンキージャズに演歌なんて、ステーキに醤油をかけているようなものかもしれないけれど、牛肉と醤油の相性は良いですからね。パンと小豆であんパン、カレーと饂飩でカレーうどん。異なる文化がぶつかりあって、新しい芸術や食べ物が生まれる。『passion mina in N.Y.』は、そういう新しい可能性を感じさせるアルバムだと書いたら誉めすぎであろうか。ちょっと笑ったのは、「伊勢佐木町ブルース」のアレンジに「マイルストーン」のリフを引用しているところ。マイルス・デイビスを偉大なミュージシャンだと信じている方からは叱られるでしょうが、所詮マイルスは「こちら側」の人だとみんな思っているんじゃないかな。坂本龍一のTV番組『スコラ』で、「あれはバップが吹けないんだ」と見下していた山下洋輔の顔が頭に浮かんだ。
青江美奈が残したニューヨーク録音の2枚について、愛好家の嗜好はおそらく二派に分かれるだろう。ジャズのスタンダードをオーソドックスに歌い上げた『The Shadow of Love』と、演歌の凄みを残してファンキージャズ風に仕上げた『passion mina in N.Y.』。どっちが好きか、と問われれば・・・うぅぅぅん、難しいなぁ、わたしはやはりこの2つのアルバムをセットで聴くのが良いと思う。まだ聴いてない方には、ぜひとも両方のアルバムを聴いていただきたい。ちなみに、『passion mina in N.Y.』は日本語の歌だけでなく、ビリー・ジョエルの「ニューヨーク・ステイト・イン・マイ・マインド」を含んでいる。これも素晴らしい出来映えですね。いつか台湾のジョアンナ・ウォンを誉めたことがあり、彼女が大人っぽいかすれ声で歌う「ニューヨーク・ステイト・イン・マイ・マインド」をお気に入りにしていたのだが、やっぱり格が違うと思った。いまやMJBを凌駕する日本の野球選手のように、昭和の演歌歌手は、歌がべらぼうに上手いのですよ。