摩天楼のアイラ 周荘から日帰りツアーのバスで上海体育館まで戻った後、浦東新区の上海環球金融中心をめざした。「垂直の複合都市」と呼ばれる地上101階、高さ492mのビルである。高さでは世界第2位、展望台は世界第1位という超高層ビル。六本木ヒルズのディベロッパーである森ビルグループの手になる摩天楼で、「上海ヒルズ」の異名をもつ。ビルの79階から93階が「パークハイアット上海」というホテルになっていて、そのホテルの上に豪勢なラウンジがある。たぶん3階分を吹き抜けにしているはずだ。そこから、かの東方明珠塔(468m)が足下に見下ろせる。夜景はごらんのとおり(↑)。帰国後、そのラウンジで食事したという話をしたら、怪訝な目つきで「一人で行ったんですか?」と問われた。二度問われ、いずれも「えぇ」と答えた。えぇ、真っ赤な嘘でございます。
料理がそれほどおいしいわけではない。味覚だけならば、和平賓館や上海老飯店に遠くおよばず、周荘の手作り餃子にも如かない(高価な料理を注文しなかったからかもしれないが、周荘の餃子はとても人間らしい味がした)。そもそも、ここは食事そのものを楽しむ場所ではない。食後の酒精をゆったりと味わい、その次の時間の準備ともいうべき会話に戯れるところであろう。その点において、ショットバーの超豪華バージョンであり、たしかに一人で行くにはあまりにも惜しく、一人で行っても場違いなスポットではある。
前夜、村上春樹の『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』(2002)を読んだばかりだったので、頭はシングル・モルト・ウィスキーのことでいっぱいになっている。ビバレージ・メニューのなかにアイラ(Islay)を探した。アイラは、スコットランドのニューヘブリデーズ諸島とアイルランドのあいだに浮かぶ小島で、その島の地酒が世界のスコッチ・ファンを唸らせている。シーバスとか、カティサークとか、ジョニーウォーカーなどのスコッチは、樽買いした地酒をブレンドしたものであり、日本酒でいえば、月桂冠のようなものだろう。地酒特有の癖がなく、コカコーラのように、だれでも飲める普遍化した風味をもつ反面、その癖がないために物足りなさが残る。「風土」の味がしないのである。日本酒愛好家が新潟の地酒を偏愛したり、焼酎の愛好家が薩摩のあまり知られていない芋焼酎に執着するように、スコッチの愛飲家は、アイラのシングル・モルト、すなわちブレンドされていない地酒を好むのである。


アイラ島を訪れた村上春樹は、ある日の午後、島にある7つのスコッチ酒造場で蒸留された7つのシングル・モルトを飲み比べて、癖のある順から下のように並べている。番号の小さいほうが、より「風土」を感じさせるということだ。番号がおおきくなればなるほど、マイルドになるらしい。
①アードベック(20年 1979年蒸留) ②ラガブリン(16年)
③ラフロイグ(15年) ④カリラ(15年) ⑤ボウモア(15年)
⑥ブルイックラディー(10年) ⑦ブナハーブン(12年)
摩天楼のメニューリストに、カリラ(CAOL ILA)の12年と15年を発見した。12年が80元(約1000円)、15年が120元(約1500円)。とりあえず、12年を注文した。ひと口舐めて「なるほど」と納得。ところが、まもなく大失敗を犯していることに気づく。シングル・モルトをロックで注文してはいけない。いつもの習慣で、ロックにしたのだが、氷が溶け始め、味が薄まると、当初の癖(「こく」というべきか)が舌に伝わってこなくなる。大きな損失だった。こうなると、どうしても15年に手がのびる。もちろん、ストレートにした。これで、一安心。正直、12年と15年の差はあまり感じなかった。どちらも舌ごたえがある。
以上は13日夜のことである。その翌日、空港の免税品店でもアイラを探し、ボウモアの15年を手にいれた。村上春樹は上の7本のモルトを比較しつつ、「ボウモアがちょうど真ん中あたりで、ほどよくバランスがとれていて、いわば〈分水嶺〉というところだ」と記している。まだ飲んでいない。こういうお酒は一人で飲むものだ。学生たちとわいわいやるための酒ではない。きっと飲みたくなるときがくるだろう。そうなったら、栓をあけるさ。どんな音楽があうだろうか。
- 2011/03/25(金) 23:25:18|
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