家船、そしてミンダナオ 海の杭上住居群をみて、その前段階にあたる「船住まい」がどこかにあってもよいだろうと思い、ガイドのドンさんに「ボート・ピープルはいないんですか」と訊ねた。「いる」とかれは言う。ホテルのすぐ近くにあるディダンという埠頭に連れていかれた。
ごらんのとおり、白くて大きな船が多数停泊している。あきらかに、ダブル・アウトリッガーのカヌーが大型化し、動力船となったものだ。
マルセロ大橋から岸辺を見下ろすと、シヴォ島の岸辺に、ひっくり返ったダブル・アウトリッガーのカヌーが数艘並んでいて(次頁最初の写真)、すでに廃棄されたものかと思ったが、海峡を縦断する一艘をその場で確認し、いまも使用されていることを知った。ディダンでも、ダブルアウトリガーのカヌーを一艘みた(↓↓)。
やや記憶が曖昧なのだが、ダブル・アウトリガーのカヌーを(博物館以外で?)目にするのは初めてだ。ミクロネシアのカヌーはシングル・アウトリガーばかりだった。アウトリガーというのは、船本体の真横にとりつけるバランサーのことである。丸木船や準構造船だと転覆しやすいが、片側にバランサーをつけるだけで、ずいぶん船は安定する。ミクロネシアでは、シングル・アウトリガーのカヌーで何百キロも離れた島々を往来する。往来の間、船がかれらの住まいとなるわけだ。マクタンを含むヴィサヤ諸島ではダブル・アウトリガーだから、構造はさらに安定する。
白いカマキリのような大型の船もまた二つのバランサーを両翼につけている。こういう船を「漁船」とみるか、「家船」とみるかは難しいところであろう。ドンさんは、「船にトイレがついている」ことをもってボートハウス(家船)であると説明した。たしかに、そうかもしれない。大海原の航海だけなら、トイレはいらない(雉を打てばよいのだから)。海辺に停泊し、そこを居処としているからこそ、トイレが必要になる、という論理はたしかに成立するような気がする。漁民にとっては、白い船が海の杭上住居より安全で、衛生的な住まいであることは間違いないだろう。

家船といえば、ミンダナオが有名だ。フィリピンのミンダナオとインドネシアのボルネオに挟まれたスルー海と呼ばれるエリアに「バジャウ」という家船居住民が集中分布している。バジャウとは「海賊」のことである。船に住む人びとは、平時に漁民ではあるけれども、有時には軍団となり、またときに盗賊と化した。日本の倭寇や平家の水軍を思い起こしていただきたい。
であるから、わたしのような水上居住の研究者は、本来ヴィサヤ諸島ではなく、ミンダナオをめざすべきなのである。ただ、「ミンダナオは危ない」というのが、残念ながら、いまは国際的な常識になっている。真っ先に思い浮かぶのは、イスラム左派のテロリスト集団であり、そういう過激派でなくとも、窃盗や殺人を働く無頼の輩が多く、「ミンダナオに行くと殺されるぞ」という注意をマクタン島でもしばしば頂戴した。


「ミンダナオの女がいるが、会ってみるかい?」とガイドに誘われた。まだ19歳で、2週間前にミンダナオからマクタンにやってきたばかりだという。いま、その娘は「カラオケバー」で働いている。
ガイドのドンさんは、名刺に「フリーランス、カメラマン」と記しているが、カメラをもっているところをみたことはない。かれは旅行社から雇われた下請けのガイドであり、定職をもたない。チップとマージンがかれの収入源である。カラオケ、ストリップ、射撃場、カジノなどに客を連れていけば、その店からマージンが流れてくる。もちろん「置屋」ともつながっている。だから、夜になると、うるさい。今夜はどうするの、ここはどうだい、これもあるよ、あれでもいい・・・
「そんなとこ行って、お金使いすぎたら、あなたに渡すチップがなくなるよ」
と言えば、とりあえず大人しくなる。というわけで、大半の誘いは断ったのだが、カラオケだけはのぞいてみることにした。飲み放題(時間無制限)で2000ペソ(約4000円)というから、弥生町の茶屋と同額だし、ご存じのように、わたしは歌うことが好きなのである。
カラオケ店に入ると、日本のダイバーたちが大騒ぎしていた。
えぇっと・・・本田圭祐の所属するチームは、チャスカモスクワ・・・そうだ、たしかチェスカという名の娘がわたしのボックスについた。日本人のような顔だちをしている。訊けば、「祖父が日本人とのハーフ」だとのこと。ドンはわたしを視て(どうだ!)という顔をしている。日本のおじさんキラーを送り込んできたわけだ。歳は21。若いが、5歳の子どもがいる。訊きもしないのに、そんなことまで教えてくれた。16歳で結婚して、まもなく離婚し、いま子どもの面倒はチェスカの父親がみているそうだ。

さてさて、カラオケだ。クラプトンの「フォーエバーマン」から始めて、ビリー・ジョエル、スタレビ、ビートルズなど、いつもの持ち歌をステージで気持ちよく唱った。「伊勢崎町ブルース」がリストになく、残念・・・
チェスカが他の客の歌にあわせてステージにあがった空き席に、こんどはニキがついた。ミンダナオから来たばかりで、まだ日本語が話せない。接客に慣れておらず、ほとんどの時間、フロアでダンスを踊っている。こうして、ピンチヒッターでたまに席につく。近くでみると、スペインの血が入っているのではないか、と思わせる端正な顔立ちをしている。マクタンに近いミンダナオ北部の町から来たのだという。テロリストや家船が多くいるのはミンダナオの南部で、自分たちの住んでいる世界とはほとんど無縁だと彼女は言った。ミンダナオには姉妹が9人、兄が1人いる。
カラオケバーの日給は100ペソ(約200円)だけ。お客からチップを絞りとる知恵を身につけなければならないのだけれども、19歳の少女はまだその術を知らず、あまりにも無垢で寡黙だった。
カラオケっぽい「フォーエバーマン」といえばこれですかね。本物の「フォーエバーマン」は<貼り付け不可>になっていますが、以下のサイトをぜひご覧ください。クラプトン、かっこいい・・・
Eric Clapton - Forever Man (Video)
- 2011/04/01(金) 12:51:33|
- 景観|
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