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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

川の流れをみつめて -タイ王国仏教紀行Ⅳ

 目が覚めて、窓外に映るチャオプラヤ川の流れに目を奪われた。浮遊する植物の固まりが泥河の流れにのって下流に動いている。その水草は蓮であった。仏教の象徴であるロータスが、群れをなして流れて行く。諸行無常の蓮の華。ボブ・ディランのwatching the river flow 、美空ひばりの「川の流れのように」(紅白では天童よしみが唄うらしいね)、そして、『方丈記』のフレーズが頭に連鎖して浮かぶ。

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行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と住まいも、またかくの如し・・・・


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 バンコクは18世紀以降に開けた新しいタイ王国の首都であり、年代が新しい分だけ、いろいろな文化の要素が仏教施設に混入している。一つは中国文化、とくに民衆道教の影響が鮮明で、門前に歴代名士の石彫がおかれ、その近辺に石造の道観らしいホコラを配置する。また、陶磁器を意匠要素に取り入れている。とりわけ、暁の寺は小型の陶磁器を壁面の装飾タイルとしており、完形品だけでなく、割れた破片すら壁材とする。船で大量の陶磁器を運ぶさい、割れてしまった器の破片なのだそうである。もうひとつはヒンドゥー教の影響で、処々にヒンドゥー諸神の彫像が配される。暁の寺だけでなく、涅槃寺でも王の寺でも、状況は変わらない。
 できれば、中国の影響をみたくないと思った。華僑のおおい東南アジアの生活に中国の文化が浸透しているのは当然のことである。しかし、仏教寺院に中国の要素はふさわしくない。中国は世俗の国であり、権力の国である。仏教は南北朝時代に隆盛したが、その後は廃れ、俗化した宗教が権力と民衆を呑みこんだ。だから、インド仏教とは相容れない。
 治安のよい国土と穏やかな人柄。仏教に対する篤い信仰がもたらしたタイ王国の財産である。

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 王の寺、王の宮殿は修復の真っ盛り。

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  1. 2005/12/30(金) 23:34:35|
  2. 建築|
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