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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

木綿街道のこと(ⅩⅨ)

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町家の調査(8)

本石橋と酒石橋
 報告が遅くなりました・・・2月26日のシンポ予報のほうが先んじてしまいましたが、10月15日(土)から3日間。木綿街道の調査をおこなってきました。今回は本石橋家(登録文化財↑)と旧石橋酒造(酒石橋)のヒアリングが主目的です。この2棟については、かたや所有者が東京在住、一方は出雲市の所有ということで、実際に生活していた方々への聞き取りができておりませんでした。そのため、建築年代を特定する資料としては様式・技術・風蝕などから得られる情報に限られていました。そして今回、本石橋家の方が帰省されるということで、教授も奈良から片道5時間以上かけて(お疲れ様でした・・・)平田に飛んで来られ、2軒まとめて調査した次第です。調査員は他に、私を含めて2名。大学の後期日程にはいってしまい、学生は日々の授業が忙しく、調査員を確保できませんでした。ところがどっこい、木綿街道ワークショップで知り合った出雲市内の設計事務所に勤務している若手所員HくんとAくんが助っ人で参戦してくれ、本石橋家の実測調査を手伝っていただきました。A&Hくん、ありがとう!
 さてさて、調査の話に戻りましょう。今回ヒアリング調査をした本石橋と酒石橋は本家と分家の間柄であり、本家筋は商売ができないが、大地主であったため米が有り余るほどあり、その米を使って分家が酒造業を始めたのだそうです。このため、あとでまた述べますが、本家のほうが分家よりも100年ぐらい早くスタートしたと伝えられています。いずれにしても、木綿街道内でおそらく主屋の建立年代がもっとも遡るであろう2軒と推定されます。
 2軒の建築年代をめぐっては、旧石橋酒造における先の痕跡調査(木綿街道のことⅩⅧ 参照)によって「宝暦」=18世紀中期頃の可能性を指摘しています。その後、本石橋家の登録文化財申請の調書を確認することができ、「宝暦」の建築という家伝があることが判明しました。ただし、申請時の調書の判定では、本石橋家の年代は江戸時代後期~末期とされています。(続)

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  1. 2011/10/28(金) 00:00:58|
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