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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

木綿街道のこと(ⅩⅩ)

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大型カメラでの撮影

 今回、本石橋・酒石橋両家の方々へのヒアリングと本石橋家の調査をおこなったことで、以下のような調査成果を得ました。

1)本石橋家の家伝によると、酒石橋は宝暦ころに建てられ、本石橋はそれよりも100年ぐらい古い建物だという。また、本石橋家も酒石橋も火災で焼失したことはない。火事で焼けたのは、本家の隣にあった長崎屋(現交流感)で、本石橋家は備蓄していた大半の木材を長崎屋の再建に提供した。(2棟の所在する新町では、「新町大火(1783)」の記録あり)。

2)両家ともカミノマの座敷面と縁の段差が非常に大きく、現在の敷居の下に虫喰いした古い敷居が残っていることが判明。柱は古い敷居の上にのっている。

3)本石橋家の場合、双子柱で古い部分と新しい部分を継ぎ足しているのがあきらかで、旧石橋酒造の大黒柱などは非常に古い光沢がみられる。(↑)

 以上の諸点は注目すべきであり、オモヤの印象は江戸後期~明治頃にみえるけれども、本石橋家の古い部分は17世紀後半(元禄頃?)、酒石橋家の古い部分は18世紀中期(宝暦頃?)の可能性を想定しておくべきと思われます。まだ憶測の域は出ませんが、隠れたところに当初の材と構造が残っている可能性は十分考えられます。本石橋家については、大黒柱が5.5寸角と建物規模に比べて著しく小さいなどの特徴も見られることから、それらを周辺民家・町家の特徴と比較分析する必要があるでしょう。いずれにしても、2棟の建築年代や両家の沿革を知る上で重要な調査成果を得ることができ、非常に実りのおおい調査となりました。
 なお、ヒアリング調査と併行して調査報告書用のグラビア写真の撮影もおこないました(↓)。撮影は、摩尼寺「奥の院」発掘調査の撮影も担当していただいたカメラマンのYさん。普段から大型カメラで国宝・重要文化財建造物の写真を撮っておられる方ですので、仕上がりが楽しみです!
 最後になりますが、急なお願いにも変わらず調査を快諾していただいた本石橋家、旧石橋酒造の皆様、そして撮影を引き受けてくださったYさんにこの場をお借りして御礼申し上げます。(タクヲ)

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  1. 2011/10/29(土) 00:39:32|
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