
深夜、校正の仕事が一段落し、そのまま眠ればよいものを、あの磨臼(すりうす)のことが頭の片隅にあって、ぼくは台所におりていった。その小さな磨臼はラオスかミャンマーのどちらかで買ったものだ。最近、記憶力が衰えていて自信はないのだが、おそらくルアンプラバンの夜市で手にいれたのだと思う。
食卓で使おうとして買った磨臼だ。昨年はハーブ類をたくさん栽培していたので、実用性はあると判断したのだが、その夜まで使うことはなかった。あの夜、ぼくは、ほどよく乾燥した自作の唐辛子(鷹の爪)を磨りたかった。チキンカレーに混ぜ込もうと思っていたのだ。臼は小さすぎて、思いの外、使いにくい。ときに唐辛子の破片が臼の外に落ちることもあったが、それを捨てることなく、指でていねいに拾い上げて臼に戻し、また杵で磨った。少しずつ少しずつ、唐辛子は粒化していく。
時間がかかったけれども、満足感に浸り、床につくことにした。就寝前に小用を足す。足してすっきりしたので、部屋の灯りを消して布団のなかに入ったのだが、しばらくして、下半身に異変を感じた。股間が熱い。いや、痛いという表現がふさわしい。その熱い痛みは、過剰な唐辛子を摂取したときの口縁部や舌の感触とよく似ている。粒化した唐辛子が、指を経由して患部にまとわりついてしまったとしか考えられない。
しばらくすれば痛みは引くだろうと我慢していたのだが、治まる気配はなく、再びトイレに駆け込んで水洗した。水洗すれば、痛みは和らぐ。布団に戻ると、痛みはぶりかえし、また熱くなっていった。辛みの強いカレーを食べるとき、後味の辛さを冷水で抑えつつ、また食べる。水を何度も飲み、ときにうがいなどして必死に痛みに耐えるでしょう。あの夜、ぼくは布団のなかで我慢するしかなかった。
20分ばかりして、ようやく痛みは薄れ、そのまま眠りに落ちた。・・・いま一句整いました。
逍遙に こっちゅでこっちゅが 萌えた夜


1月11日。銀色の雨は午後から雪に変わった。こんな夜は、鰈の煮付けと親蟹のみそ汁にかぎるね。仕込みを待ちながら熱燗をちびりちびり、バラエティに笑う・・・13日の来客は空港に降り立つだろうか。
- 2012/01/11(水) 00:23:44|
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