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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

律令時代の神社遺跡に関する復元研究(Ⅱ)

0122青木01


青木遺跡復原建物模型のチェック(1)

 桂離宮の近くにある模型会社まで、青木遺跡復原模型のチェックに行ってきた。復元建物は1棟しかできいなかった。青木遺跡神社模型のジオラマ(1/50)では、あわせて10棟の建物を復元したが、青木遺跡の建物は8棟で、残りの2棟は未掘地に想定した高床倉庫である。高床倉庫については、三田谷遺跡9本柱建物遺構の平面を採用した。2棟の高床倉庫は、1棟を通柱式の板倉、他の1棟を板甲倉とした。後者を米倉、前者を絹などの収蔵施設とみなしている。
 青木遺跡のⅠ区とⅣ区を全体的にとらえると、南北方向に流れる水路によって、3つのブロックに分かれている。神殿の可能性をもつ9本柱建物は東のブロックに3棟、西のブロックに2棟あり、中央には東西棟の礎石建物が2棟みつかっている。これらを以下のように分けた。

     西ブロック:  神殿域(美談社?)
     中央ブロック: 事務・倉庫域
     東ブロック:  神殿域(伊努社?)

0122青木02縦 三田谷の9本柱建物は中央ブロックの未掘地にたつ高床倉庫とした。2間×2間の平面を比較すると、青木は平面が正方形もしくは(横長)長方形で、柱間が均一に割り振られているのに対して、三田谷は平面形がややいびつで、柱間に長短の差があることが判明した。心柱の位置に注目すると、青木は平面の中心にあるが、三田谷は中心からかなりずれている。三田谷の場合、正面・側面とも、柱間に長短があり、柱間の短い側に入口があると考えた。


0122青木03


0122青木05


 同じ9本柱建物ながら、青木は檜皮葺・丹塗りの神殿(↑)、三田谷は茅葺・白木の高床倉庫(前頁)として差別化した。以上の方針で設計した三田谷の倉庫1棟が完成していた。設計の担当はアシガルである。模型をじろじろみて、少し軒が長いと感じた。垂木の出は2尺5寸で、これを短くするのは制作業者に対して申し訳ないが、垂木先の外でせり出している茅葺屋根を少々切り縮めてもらうことにした。もう1棟の倉庫まだ制作されていないので、垂木の出をやや短くできるだろうと考えている。
 このほか、21日の重要な課題は、神殿の丹塗りの色を決めることであった。出雲大社境内遺跡の大型本殿では、柱根に付着したベンガラを成分分析した赤色を採用した。結果は、すいぶんくすんだ赤色になった。退色した赤色である。青木遺跡でも、出土した釘に塗料が付着しており、その色を採用しようとしたのだが、さらに退色が進んだ茶色になっていて、あまりに暗いので、やや復元的に明るめの色を採用しようということになった。この日、色のサンプルをみながら、ようやくその色を決めた。境内遺跡大型本殿よりも、やや赤みが強くなった。
 植栽の模型はいろいろできていた。東ブロックの神殿域の外側を松が囲んでいて、寺院の境内のようにみえた。マツ以外にも、カラスザンショウ、アカガシ、アカメガシワなどの模型もできていた。いま卒論の仕上げに入っているヒノッキーは、もともと庭園・造園に興味があり、復元建物群のパースを手描きするにあたって、これらの植栽でスケッチを彩ることになるだろう。

0122青木04

  1. 2012/01/25(水) 00:00:52|
  2. 建築|
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