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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

名勝 山田上ノ台

12浅川先生120127 (2)


仙台市縄文の森広場

 銀幕に覆われた山田上ノ台(仙台市縄文の森広場)は、すでに名勝地の風格を漂わせている。竣工後7年を経て、市街地の歴史公園は着実にその存在感を増していると実感した。
 震災の被害はなかった。垂直壁のない伏屋式の竪穴住居は強い。ときに「柱が太すぎるのでは?」というご批判を頂戴しているようだが、検出された柱径よりもやや太くすることで耐震性は増す。そういうねらいが設計段階からあった。3.11大震災で倒壊もしくは破損していた場合、昨日も述べたように、土屋根竪穴住居の復旧は優先順位の最下位に回されたであろう。現実には、かの大震災に際して、3棟の竪穴住居は微動だにしなかった。構造と木柄の勝利である。

0127山田上ノ台02


 メンテナンスも良好だ。大雨が降ると10号住居で雨漏りするが、煙出にビニールシートを被せれば雨漏りはとまる。樹皮葺きの棟飾りに似た煙出キャップを工作してはどうか、と提案した。大雨の前にキャップを被せておけば、雨は漏らないはずだ。それにしても、なぜ10号住居だけ雨が吹き込むのか。骨組の模型をみなおして、その理由が分かった。棟飾の転びが10号だけ緩いのである。他の2棟はもっと外側にせり出している。10号もそれに倣えば、雨水の吹き込みはなくなるだろう。
 それにしても、木材の艶光りは素晴らしい。小屋組の材は真っ黒、柱はこげ茶色で、燻蒸煙の拡散量がよく分かる。壁の堰板は薄茶色で、中間部にシミができているけれども、水分の浸透量は少ない。北海道常呂の竪穴住居では、5年で堰板が腐った。山田上ノ台では垂木や堰板にカビもキノコもまったく埴えていない。白いカビがひろがると、まもなく垂木は腐り、屋根が崩落する。富山の北代で、その恐ろしい現実を知り、震えがきた。山田上ノ台の竪穴住居は、内部が明るく、カラッと乾燥している。土屋根の下に隠した二重の防水シート、周堤内側のコンクリート壁、地面の三和土(たたき)すべてが良好に機能している。

11浅川先生120127 (2)


0127山田上ノ台01


 信じていただけないかもしれないが、わたしは山田上ノ台以来、復元建物に携わっていない。唯一の例外は、松江市田和山遺跡の竪穴住居(2010年度)だが、あれは燻蒸火災後の再建であって、新築ではない。
 ある事情があって、わたしは3年前にあらゆる復元事業からの撤退を決めた。「復元研究はするが、復元事業には係わらない」というのが、ここ数年のモットーである。おかげで仕事は減った。が、楽になった。週末に奈良に帰る機会が増え、猫や家族と過ごす時間を楽しんでいる。
 常呂、虻田、北代、御所野、池上曽根、妻木晩田、田和山と続いた復元建物との格闘は、山田上ノ台でピリオドを打った。そして、いま振り返ると、縄文では山田上ノ台、弥生では田和山が、復元建物におけるわたしの到達点ということができる。いちばん想い出深いのは御所野だが、御所野の復元住居にはまったく防水処理を施していない。山田上ノ台と田和山には「復元」そのものだけでなく、「防水」等の配慮がゆきとどいている。

10浅川先生120127 (1)


原因者負担制度に対する懸念

 東北の土木建築業界は熱気に湧きはじめている。バブルの再現だという人もいた。高速道路の敷設、漁村集落の高台への移転、新しい防波堤の建設・・・仕事は溢れんばかりにある。驚いたことに、その事前調査として行政発掘がおこなわれることがすでに決まっている。全国から埋蔵文化財技師の応援をえて、目眩がするほどの面積を何十年もかけて掘り続けるのだという。昨日、復興予算全体のなかで文化財の優先順位は最下位であり、文化財のなかでは「遺跡」が最下位だと書いた。その「遺跡」があらゆる開発の前提となって調査される。平常時なら当然のことかもしれない。しかし、今は非常時だ。千年に一度の災害に見舞われ、その復興に多くの予算が必要とされ、スピードも要求される。そんな時期に、なんで発掘調査が開発の前提(障壁?)とならなければならないのか。
 わたしは、もともと「周知の埋蔵文化財包蔵地における原因者負担の発掘調査」制度を疑問に思っていた者の一人だが、この景気不振の時代にあって、大震災の復興が急がれる非常時にまで適用されることが理解できない。日本は大赤字の国である。国家予算が足りない。足りないから増税だと政府はいう。震災復興の開発に伴う発掘調査をすべて割愛すれば、どれだけの税金が捻出できるだろうか。どうしても発掘調査したいというのなら、平城宮の大極殿院やら各地の城郭の櫓やら何やら意味のない復元事業を中止もしくは中断して、その経費をまわせばいい。新しい市庁舎など造らなくていいし、高速道路がなくたって田舎では十分生きていける。そういう予算をすべて被災地にまわせばいい。
 そんなことをしたら、地方経済が大不振に陥るという懸念もあるだろう。しかし、発掘調査技師が被災地の調査支援をするという発想があるのだから、土木建設業者もまた被災地に行きJVの一員として活躍できるだろう。
 復興事業に伴う事前の発掘調査については、その経費とスピードが問題視され、世論やメディアのバッシングを浴びて、いずれは国会でも審議される日が来るような気がして仕方ない。発掘調査によって、過去の歴史があきらかになり、貴重な文化財が発見されるのは結構なことである。しかし、それは生存と生活が一定の水準をこえたレベルでの話ではないか。住むところも職もなく、日々の生活に苦しんでいる人たちに対して、歴史や文化財が他の復興事業の前提となるほど必要不可欠なものだと説明するのは容易なことではない。


0127山田上ノ台03

  1. 2012/02/03(金) 00:00:16|
  2. 史跡|
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