信仰に係わる日本の文化的景観 ごく最近の重要文化的景観の選定例をみると、「信仰」を評価の対象にするものが、わずかながらあらわれている。「平戸島の文化的景観」(平成22年2月選定)や、「天草市津の漁村景観」(平成23年2月選定)では、直接的な評価対象にならない信仰を、「地域性を表現する要素」として位置づけている。たとえば、長崎県の「平戸島の文化的景観」をみると、選定において「かくれキリシタンの伝統を引き継ぎつつ、島嶼の制約された条件の下で継続的におこなわれた開墾及び生産活動によって形成された棚田群や牧野、人々の居住地によって構成される独特の文化的景観」として評価されている。選定基準に直接該当するのは棚田や居住、水の利用に関する景観地であるが、「かくれキリシタンによる信仰」を、平戸島という地域をとらえる大きな文脈として用いているのである。
摩尼寺に檀家はいない。敢えて言うならば、因幡国中の民が檀家である。すでに何度も述べたように、因幡の民の霊魂は極楽に昇天する前に、必ず摩尼寺「奥の院」に一旦滞留すると信じられてきた。岩陰仏堂の上段南側にある小祠の岩窟がおそらくその位牌壇として長く機能してきたのであろう。130体を超える石仏は国中の民が寄進したものであり、その伝統は近代まで続き、いまもなお参拝者が絶えない。参拝者の一部は本堂を超えて立岩や「奥の院」を巡礼する。こういった信仰の姿は仏教崇拝というよりも、現世御利益を願う典型的な庶民信仰のあり方を示すものであり、「民俗文化」としての価値を十分もっている。因幡国の民は昔も今も、日常生活のなかで、摩尼山を通じてあの世と往来している。そういう風土に育まれた生活の中の信仰の場として摩尼山は位置づけられる。
久松山と山陰海岸をつなぐ重要文化的景観へ 摩尼山は鳥取市北部における景観保護の繋ぎ役として非常に重要な役割を担っている。鳥取のシンボルたる国史跡「鳥取城跡」(久松山)と山陰海岸国立公園を繋ぐ中間地に位置しており、摩尼山を景観保護エリアにすることで久松山と山陰海岸国立公園は一連のエリアになる。摩尼山は山陰海岸ジオパークの一部であることから「地質」の保護対象であるのは間違いなかろうが、国立公園には含まれないため「風景」の保護対象にはなっていない。景観の保護を確固たるものにするためには、山陰海岸国立公園への編入に尽力するのが第一の課題になるだろう。しかし、国立公園の評価対象は「自然の風景地」であり、文化遺産は二次的な要素にすぎない。ところが、摩尼山は因幡国山中他界の霊山として長く信仰の対象であり続け、山中には本堂を中心とする現境内や「奥の院」遺跡、130体を超える石仏群などの文化的資産を豊富に有しており、その価値を無視することはできない。そこで、摩尼寺「奥の院」遺跡を史跡に指定し、摩尼山全体を名勝に指定、もしくは重要文化的景観に選定することを提案したい。
熊本県の「
天草市津の漁村景観」が雲仙・天草国立公園の範囲に所在する重要文化的景観であるのを模範として、山陰海岸国立公園に含まれる重要文化的景観もしくは名勝となることが、文化資産としての摩尼山の理想的な保護形態だと考えている。
すでに日本全国で重要文化的景観の選定は30ヶ所を超えた。しかるに、中国地方では1例も選定を受けていない。摩尼山が中国5県最初の重要文化的景観に選定されんことを願っている。
- 2012/02/25(土) 00:00:42|
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