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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

龍の穴

2012室生龍穴神社04縦


 室生寺の少し奥に室生龍穴神社がある。針葉樹の叢林に囲まれた境内は車道から目に付くが、古めかしさをいまひとつ感じない。境内そのものに興味がない、というわけでもないが、めざすは「奥宮」と呼ばれる龍穴そのものであった。境内から800m車道を進むと、左に折れる林道があり、そのまま車で上がっていける。まもなく、「吉祥龍穴」の看板に至る。その上手に「龍の馬場」と呼ばれる平地があって渓流が流れ、「招雨瀑」という滝(↓)から緩やかに落ちてくるところの対岸に「龍穴」がある(↑)。
 林道から鳥居をくぐり、整備中の小径をくねくね下りると拝殿に至り、対岸に龍穴がみえる。注連縄がなければ、聖地だとは分かりにくいかもしれない。このような窪地や岩窟に龍がとぐろを巻く風景は、摩尼寺「奥の院」の龍女伝説にも表現されている。摩尼山の場合、美少女が日本海に身をなげて龍となり、龍は岩窟から天に舞い上がり、山頂の立岩に降臨して帝釈天となる。帝釈天はほんらいバラモン教の神インドラだが、密教にとりこまれ、梵天と並ぶ二大護法善神となった。


2012室生龍穴神社02横


 仏教における龍とはナーガ(蛇)のことで、大乗仏教では釈尊像の光背にしばしば五本指か七本指のナーガを配する。仏の守護神でもある蛇は、善悪両面をもつ存在で、『佛教藝術』 319号(2011年11月)掲載の濱田瑞美「仏陰影窟攷」には、以下のような説話が紹介されている。

   インド北西部のナガラハーラで悪事を働いていた龍を降伏するために、
   釈迦は彼の地に飛来した。龍は改心した後、去ろうとした釈迦に対し、
   龍の住んでいた石窟に留まるよう請う。釈迦は龍の願いを受け入れ、
   龍窟の壁の中に水からその身影を留めた・・・

 その釈迦のお姿こそが仏影であり、仏影が仏像となって石窟に安置され、石窟寺院が成立するというわけである。どうもこういう話を読むと、摩尼寺「奥の院」の岩窟にとぐろを巻いていた龍が飛天し、立岩に降臨して帝釈天になったという伝承は古い仏教説話をうまく変形させたもののように思われてならない(もっと直截な元の説話があるのかもしれない)。摩尼寺においても、実際に岩窟(岩陰)には仏像が祀られるようになるわけだから、龍から帝釈天への変化と同時に、たんなる岩窟(岩陰)から仏堂への変化が生じており、龍の住まう窟(岩屋)に岩窟仏堂の起源を求めうるだろう。


2012室生龍穴神社05岩戸01


 室生寺は龍穴社の神宮寺であり、龍王寺と呼ばれた時期もある、と伝承されている。おそらく正しいだろう。まずは、水神としての龍穴を祀る時代があり、その脇に室生寺が建立された。その後、龍穴の下流に神社本殿が造営され、龍穴は「奥宮」になったものと思われる。龍穴神社は式内社だから、平安時代には本殿が存在したのだろうが、あるいはその時代にあってもなお、「龍穴」を本殿としていたかもしれない。

 龍穴の少し下に「天岩戸」も祀られている(↓)。これも奥宮の一部である。平成に寄進された小さな鳥居をくぐると、左手に夫婦岩のような一対の岩がある。大きな岩が真ん中で裂けたようにも見え、その裂け目は子宮を暗示させる。宮崎高千穂の天岩戸神社ほど神秘的ではないが、龍穴と巨岩の信仰は神道の古態を示すものとして興味深い。


 2012室生龍穴神社01
  1. 2012/03/28(水) 23:15:59|
  2. 景観|
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