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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

斐川平野の築地松(Ⅰ)

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築地松と陰手刈師

 私は島根県出身なので、卒業研究のテーマとして「斐川平野の築地松」の景観を、木綿街道を含めた視野で研究できればいいなと考えています。築地松とは、出雲地方の屋敷の北西に植えられている背の高い黒松のことです。出雲空港から出雲大社へ行く途中の斐川平野の農道周辺にたくさん見受けられます。集落形式は「集村」ではなく、「散居村」です。前にも教授が紹介されているように、富山県砺波平野と斐川平野が散居村の双璧と言われ、いずれも立派な屋敷林を備えています。出雲の場合、その屋敷林が「築地松」になるわけです。ちなみに、島根県の県木は黒松です。正式な築地松には黒松を用いますが、最近ではマテバ、シイ、モツ、タブなどの雑木なども多々見受けられるようになりました。
 築地松の剪定は「陰手刈り(のうてごり)」といい、また、その職人を「陰手刈師」といいます。現在、斐川町、大社町、美談町、その他の地域に20人程度おられます。後継者が少ないのが、景観保全にとって大きな問題になっています。毎年陰手刈りの講座を開き、参加者も20~30人を数えるのですが、実際に職人を目指す人はその1割程度らしいです。危険な仕事でもあり、築地松の剪定は寒い時期の半年しかないので、他の時期は庭師として庭の剪定などをして整形を維持する陰手刈師さんが少なくないようです。高さ10mもある松の木から落ちると生命に危険が及びます。とても危険な仕事なのです。

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 先週末、タクヲさんが出雲大社に展示される「金輪御造営差図(原図)」の視察に行かれるということで、わたしも出雲に行って築地松の下調べをしようと決心し、便乗させてもらいました。

 14日(土): 昼すぎころ現地に着き、そのまま斐川平野を車で徘徊。築地松のある民家をチェックしたり、撮影したりしました。また、庭に築地松のある「出雲キルト美術館」では美術館の代表の方に話を聴くことができました。その後も現地の方に教えていただいた築地松を見に行ったり、歴史民俗資料館となっている原鹿の旧豪農屋敷・江角家を見学したりもしました。江角家の敷地にも築地松があります。5年に1回くらいの頻度で剪定しているそうです。散策途中には、剪定している最中の陰手刈師(:築地松の剪定をする職人)の方にも遭遇し、少し話を聴き、月曜日には築地松を剪定する情報も得ました。
 築地松の点在する平野のなかには、荒れ放題となっているものや、枯れてしまっているものなど、管理が行き届いてないものも見受けられました。また、この日はとても天気が良く暖かかったので、外で畑仕事や草刈り、農作業している方々にもたくさん出会いました。この土地で盛んな生業なども調べてみると、築地松の景観とのかかわりもあるのかもしれません。茅葺き民家も数軒残っていました。空家になっているものもあります。
 

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 夕方からは平田在住のNさんにお会いしました。町並み保存の活動をされている方です。この話はタクヲさんが書かれると思うので省略します。

・15日(日)
 この日、私は実家のある安来に帰っていました。タクヲさんも出雲で他の仕事をするということだったので、別行動です。私は、前日にお目にかかった陰手刈師のMさんと連絡を取り、翌日午前中に行われるという築地松剪定の見学させていただく約束をとりつけました。【続】



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  1. 2012/04/18(水) 23:52:10|
  2. 景観|
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