ベイシー 陸前高田から仙台に戻るには、一関で東北自動車道に上がり、高速で南下するのが速い。一関と言えば、ベイシーではないか。日本で最も良い音を出すと噂されるジャズ喫茶だ。
もちろん行ったことは、ない。だから、予め104で番号を調べ、店に電話をかけた。店は開いているし、席もあることを確認。やはぎ食堂の駐車場でカーナビにベイシーの電話番号を入力すると、店名と位置が画面に示された。一時間ばかり車を運転した。鄙びた市街地に入り、「目的地周辺です」の音声が発せられたが、こういう場合、たいていGoal表示の位置はアバウトであり、捜し物はみあたらない。うろうろちょろちょろしながら、暗闇のなかに寿司屋を発見。厚かましいとは知りながら、暖簾をくぐり、ベイシーの所在地を訊く。
「ベイシー??・・・開いてるかな?」
と大将は答えながら外に出て、道順を丁寧に教えてくれた。
たしかに近くにある。大きな店だ。「隠れ家」的なジャズ喫茶を期待してはいけない。そこは小さなコンサートホールであった。


いつもぼくは、大型スピーカーを「冷蔵庫のような」と形容するが、ベイシーはちがう。片側のスピーカー(もちろんJBL)だけで冷蔵庫二つ分あるのだ。
それはもう、すごい音がする。たしかに、こんな力のある音を出すジャズ喫茶に入ったことはない。ベイシーではライブもしばしば開催されているようだが、わたしはLPだけで十分だと思った。40~60年代のスィングやバップのLPがターンテーブルにのる。バリバリという雑音をイントロにして、今はなき巨人たちの名演が室内に響きわたる、そのときめきは何にも代え難いでしょ。これ以上、なにを望むというのか・・・

メニューは質実、素朴。コーヒー1000円、缶ビール1200円。値は高いが、おかわり可のおつまみがつく。こういうやり方は、ラウンジ系スナックと同じだ。仕込みの不要な乾き物に飲料だけ。これがいちばん楽なの、と女たちはよく呟いた。昼はカフェ&レストラン、夜はラウンジを経営する姉妹は、儲からない昼の仕事のシンドさを嘆き、ついにその店を閉めてしまった。
夜は楽なんだ。厨房係は要らない。華々しく露出度の高い衣装に身を包み、厚化粧するだけで、男たちが集まってくる。となれば、ベイシーのLP音楽と着飾った女たちの役割はほぼ同じということになるかもしれない。カウント・ベイシー楽団の演奏は美女と同等の価値があると言えば、ベイシーは満面の笑みを浮かべてくれるような気がする。


LPは片面だけ流れる。20~25分のペースでアルバムが変わってゆく。そのたびに壁かけのジャケットが入れ替わる。大阪ビリケン自由帳に書き残したメモによると、
デクスター・ゴードン
ブッカー・アーヴィン
ローチ&ブラウニー
シナトラ&ベイシー
がその時流れた。マメにメモをとっているようで、じつはそうでもなく、ぼくは不覚にも半時間ばかり眠りに落ちた。まる2日におよぶレンタカー走行に疲れ果てていたのだ。ここで、こうして休むことができなかったら、居眠り運転の危険すらあっただろう。

一関も被災地である。ベイシーで何が起こったのか知らない。ある時期、東北のジャズ喫茶の被災状況を調べていた。ベイシーを心配するファンのサイトには行き当たったが、ベイシーそのものの被災については情報を得ていない。仙台の老舗「カウント」では、LP20000枚以上、CD8000枚が破砕されたという記事がネットにでていた。ベイシーではどうだったのですか、などと店の方に訊くわけにもいかない。ただ椅子に坐り、極上の音楽を聴き、苦いコーヒーを飲み、うたた寝し、2度トイレに行って、また音楽を聴いた。
噂にたがわぬ店であった。自宅から遠すぎて、自ら再訪する機会をもつ保証はないが、読者諸兄におかれましては、一関の近くにお越しの際にはぜひとも足をお運びください。あの音が聴けて、コーヒー1杯1000円は安いものです。
- 2012/05/12(土) 00:27:54|
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- 2012/05/12(土) 00:58:12 |
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