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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

回想「廃材でつくる茶室」2004-2005(Ⅰ) 

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大工になりたかった男
  「廃材でつくる茶室」というテーマをはじめて公の場で口にしたのは、2003年の学期末であった。1期生が3年次に進学するにあたって、各学生は一つのゼミ(研究室)を選択しなければならない。そのゼミ紹介のガイダンスが開かれた際、学生たちに向けて「廃材でつくる茶室」をプロジェクトとして進める準備があることを示唆した。しかし、このときはまだ構想の段階にすぎなかった。
 それから1年を経て、1期生が4年次、2期生が3年次に進学するあたりから、「廃材でつくる茶室」の構想が具体化に向けて動きはじめる。と同時に、一人の学生が、4年次になってわたしに指導を求めてきた。学科の規則としては、3年後期から4年にかけての1年半、卒業研究に向けての一体化した教育をおこなうため、学生のゼミ(研究室)移動を認めていない。ところが、このころから、一部の学生には指向性の変化があらわれる。岡村浩道も、それまではインテリアやデザインに対する興味を漠然ともっていたのだが、3年後期の終盤あたりから、日本建築の魅力に取り憑かれ、ついには友人たちに、
  「宮大工になりたい」
とまで口ばしるようになっていた。
 岡村は鳥取環境大学のサッカー部に所属する有能なストッパーでもあった。わたしは、そのサッカー部の顧問を務めており、ゼミにはタクオ(清水拓生/MF)、ヤンマー(山本豊/MF)、マッツン(赤松大輔/GK)という3名のサッカー部員を抱えていた。いずれも岡村と同期の1期生である。この3名が、しばしば岡村の情報を内々に知らせてきた。
  「オカム(岡村の愛称)がうちのゼミに来たい、って言ってるんですよ。大工になりたい、っていう気持ちがどんどん強くなっているみたいです。」 
 わたしは黙っていた。自ら動くことはできなかったのである。くりかえすけれども、3年後期以降における学生のゼミ変更は認められていない。だから、たとえば、わたしのほうから、
  「うちのゼミに来いよ!」
とは、口が割けても言えない。誘ってはいけないのである。
 しかし、本人がどのような課題を卒業研究とするのかは自由である。その研究課題のテーマを指導する教育者として、わたしが最もふさわしいと判断される場合、わたしにはその学生を指導する義務が生じる。ゼミは変われなくとも、わたしが岡村を実質的に指導することは不可能ではない。一方、 岡村はすでに「大工になる」という決心と、「廃材でつくる茶室」を卒業研究のテーマとする決意を固めていた。4年次になってまもなく、岡村はわたしの研究室にあらわれ、自分の思いを告白した。
  「タクオやヤンマーから聞いていたよ・・・」
とわたしは答えた。わたしは喜んで岡村を指導しよう。指導したいと思っている。ただし、いま所属するゼミの先生に対して、わたしのほうから「岡村を指導したい」と頼むことはしない。自分の指導教員に対しても、自ら説明して欲しい、と岡村に告げた。しばらくして、岡村の所属するゼミの教員がわたしの部屋にあらわれた。
  「岡村をあずかってください、お願いします」
と依頼された。こうして、岡村と「廃材でつくる茶室」が一つのフォーカスの中に収まったのである。 (続)

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  1. 2006/05/17(水) 01:11:51|
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