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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

天球丸下層の発掘調査現場から

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 猛暑の一日。ビアンキは爽快だ。しかし、鳥取城は暑かった。
 暴風雨のような教授会のあと、市の係長になった佐々木さんがお迎えに来てくださった。現場用の軽バンで。奈良の職場では、毎日のように運転していた。今日の軽バンは四輪駆動で、西高から上月さんのプレハブまでの坂道を、ぐいぐい上がっていったのには驚いた(下りのほうが怖かったが)。
 じつは、昨日、お茶とカステラをいただいた倉吉の高田酒造で、冷酒セットを仕入れていた。上月さんのお土産にしようと買ってきたのだが、今日は暑すぎたからなのか、鳥取城には来られていなかった。残念。現場につくと、中山さんが居た。上淀廃寺以来、十数年ぶりに発掘現場にでた中山さんは真っ黒に日焼けしていた。考古学者らしい風貌ではないか。
 で、天球丸下層石垣の発掘調査について、ご説明を受けた。まぁ、だいたいのことは分かる。裏栗石の入れ方や土の積み方、たまに見つかる大きな穴。でも、詳しいことはわからない。前から述べているように、城跡も石垣も苦手だ。一つ興味をそそられたのは遺物である。五輪塔の破片が裏栗石のあいだに詰まっている。昨年までも修復工事にともない遺物がみつかっていて、もちろんその遺物は残っているのだが、出土地点がわからない。しかし、今年からは、本格的な調査に着手しており、茶碗や五輪塔の破片から天球丸下層石垣の成立年代を推定できるかもしれない。
 「上層=光仲期/下層=光政期」というノビタ説(卒論を『国史跡「鳥取藩主池田家墓所」の整備に関する実践的研究(1)』に附論として圧縮収録)が、発掘調査にともなう遺物の年代によって裏付けされるのか、覆されるのか。大変興味深いところである。

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  1. 2006/08/09(水) 20:30:11|
  2. 史跡|
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天球天球(てんきゅう)とは、地球から見える全ての天体がその上を運行するとみなした、仮想の球面のこと。暦の計算をする場合は、地球を中心として天体が動くという天動説的な説明をした方が都合が良い。よって、地球から無限大の距離にある球を仮定して、天体はその上を動
  1. 2007/07/27(金) 04:13:38 |
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