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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

筏住居と親族集団 -越南浮游(Ⅶ)

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 目覚めたら、快晴。ベトナムの天気予報はまったくあたらない。
 今日は助教授がハノイへ移動した。深夜の便で、そのまま帰国する。フロントで別れる際、「グッバイ、フォーエヴァー」と惜別の辞を述べた。もちろん「永遠(とわ)の別れ」なんてことはありえないわけで、近々の再会を裏返した挨拶である。じっさい、16日にはAO入試、17日には編入学入試があって、教員は総スタンバイ状態に突入する。なにぶん物騒な時代だから、テロにあったり、飛行機が落ちたりする危険性がないとは言えないが、旅程が順調に進めば、助教授との再会は5日後になる。
 
 今日もまた2時間かけてHang Tien Ong村をめざした。行きの船内で、フェンさんに基本用語を教えていただいた。以下に並べてみよう。前に英語、後の[ ]にベトナム語を示す。

  ship[tau]
  boat[thuyen]
  banmboo boat[mung]
  raft[be]
  house[nha]
  boat house[thuyen nan/o tren thuyen]
  floating house[nha noi/be noi]
  acua culture[nuoi ca long be]
  fish[ca]
  cage[long]

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 村に着いて最初に行くのは、もちろんカルチュア・センター。今日はハロンの青年ユニオンが来ていて、かれらがボランティアで作った竹の筏を海に浮かべていた。
 今日は、古いタイプの筏住居を数棟連続で調査することに決めていた。ここにいう「古いタイプ」については、まず①養魚槽をもたないこと、そして②鉄板をあまり使わずに網代編みの壁や屋根を露出していることを条件として設定し、この条件を満たす住居群をさがした。結局、小学校に近接する4棟連続の筏住居を調査対象に選んだ。東側2棟の実測をO君2号、西側2棟の実測をわたしが担当することにし、昨日述べたように、助教授に代わるインタビュアーはチャックが務めた。

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↑東側からみた4棟の筏住居 ↓西側2棟の隙間
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 筏住居の平面はきわめて単純だが、築造年が古いものは結構計りづらい。わたしの担当した西端の1棟がその典型で、平面が長方形ではなく、わずかながらいびつに歪んでいて、柱筋がそろわない。居住者によると、2003年に中古の筏住居を買ったというが、その建築年代はあきらかでない。他の3棟は柱筋のそろう長方形平面の筏で、2000年以降に建築されたものである。筏住居を建てたり買ったりする以前、居住者たちは舟住まいをしていた。
 筏住居の空間構成はきわめて単純で、四面を壁で囲まれ切妻屋根に覆われた部屋チャムニャー(trong nha)が1室(まれに間仕切りがある)、その前方に吹きさらしの下屋(庇)グアニャー(cua nha)がつき、その全体を縁ゴウベー(cou be)が囲む。炊事用の練炭コンロは、下屋に置く場合と背面の縁に置く場合の両方がある。トイレは背面の縁もしくは部屋の一部を利用する。部屋の奥側の壁には、高い位置に祖先を祭る祭壇を設ける。祭壇に位牌はなく、香炉のみ置いている。死者の数だけ香炉がある。

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 この4棟の筏住居に計18人が暮らしており、かれらは兄弟姉妹を軸とする血縁集団である。東端から順に番付して、世帯構成の概要を説明してみよう。
  be noi 01(東端) : 長男の家。夫婦(長男とその妻)ともに死去。2人姉妹と2人兄弟が暮らす。  
  be noi 02 : 長女(42=01長男の妹)の家。夫婦と子ども2名(兄・妹)。
  be noi 03: 次男(39)の家。夫婦と子ども4名(兄弟2名・姉妹2名)。
  be noi 04(西端): 次女(37)の家。父母と子ども2名(姉妹)。
 この兄弟姉妹の母(80)は8人の子どもを産んだ。かれらの母は、現在、4棟連続する筏住居群の東隣に浮かぶ5棟連続の筏住居群に2名の子どもとともに住んでいる。また、対岸の筏住居群には、母の子ども2名が住んでいる。

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↑左側が調査した4棟、右側5棟の集団に「祖母」が住む。↓手前が漁船、奥の右側が竹船。奥の左側で筏住居に接しているのが、竹船を利用した移動商店。
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 4棟のbe noi(筏住居)周辺で、3艘の漁船と4艘の竹船を確認した。さらに1艘の漁船は出漁中であり、1世帯に1艘の漁船と竹船が付属していることがわかる。漁船と家船の違いはどこにあるのか、というと、居住性能ではなく、居住者に注目すべきで、漁船には女・子どもが乗っていない(一昨日のブログに掲載した4艘の船は他所から漁にきて停泊する漁船である)。男たちは漁船に乗って出漁するのだが、数日帰宅せずに漁を続ける場合もあり、それゆえ漁船にも居住性能が備わる。要するに、漁船に住むことは不可能ではない。事実、be noi 04に横づけされた漁船では、ずっと男子が眠り続けていた。一方、竹船はマイカーのような交通手段である。集落内部での移動はすべて竹船を使う。学校への子どもの送り迎えも竹船でおこなう。
 今日調査した4棟は、貧しい漁民の住まいであった。漁労のみをなりわいとし、稚魚を買って養魚槽を構える余裕はない。本心は「陸に上がりたい」と思っているが、お金も仕事も土地もないから、陸あがりできない。
 ただ、「ハロン湾は美しい」という自負をかれらは持っている。

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↑ハロン湾の調査も終わった・・・





 さよなら、ハロン湾!?

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  1. 2006/09/11(月) 23:58:22|
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