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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

「遊離尾垂木」の再発見 -Mr.エアポートの様式分析(Ⅱ)

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 今朝の目覚めは最高だった。ハロン湾での水上集落の調査も昨日で無事終わり、朝は時間を気にすることなくゆっくりと過ごすことができた。それでもチャックは5時半に目が覚めたらしい。
 今日はハロン湾からハノイに移動し、文廟を訪れた。文廟とは1070年に孔子を祀るために創建された廟で、孔子廟とも呼ばれている。造りは四合院式で、前庭の中央には大きな方池を配する。
 ベトナムに来て3日目にフエの紫禁城太和殿を訪れ、その建築を観察したが、それと同様にこの文廟もベトナムの土着様式である登り梁を用いており、また鼻隠し板を用いて軒先を覆い、大仏様との共通性を匂わせている。また、それとは別に内陣の壁は内転びをしており、古代日本の様式を思わせる。扉には藁座を用いており、禅宗様(大仏様にも用いられる)との共通性も確認できる。

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 文廟では「皿斗」によく似た部材を発見した。日本では、法隆寺に代表される白鳳様式の皿斗と大仏様の皿斗の2パターンがよく知られている。法隆寺の皿斗は、大斗の下におく皿板で、両者は分離している。一方、大仏様の皿斗は、巻斗と一体にして削り出したもので、先端が尖っている。さて、文廟であるが、皿斗のようには見えないけれども、巻斗の斗尻にそろえて薄い板状の部分を確認できる。法隆寺の皿斗ようにもみえるが、それは外側に飛びてておらず、また大仏様のように尖ってもいない。しかし、巻斗と一木にするところは大仏様との共通性を示している。

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 さらに、「遊離尾垂木」をまたしても発見した。ハノイに到着した7日の午後、民族学博物館の民家園で、シャム族の民家に「遊離尾垂木」とよく似た材を発見してブログに報告した。今日は、ベトナム族の宗教建築である文廟で、それを発見したのだ。繰り返しになるけれども、遊離尾垂木とは、大仏様建築の中備(なかぞなえ)に用いる天秤棒のような材で、軒の沈下を防ぐ役割を果たす。文廟の場合、柱間の中備ではなく、柱上登り梁の中間の位置で軒を支える。興味深いのは、それが鼻隠し板を貫き、正面側に木鼻を突き出すことだ。その上端は、鼻栓で軒桁に固定されており、組物よりも前方で納まる。シャム族の民家の材と非常によく似ている。
 この場合、シャム族からベトナム族への影響とみるのは難しい。前回も述べたように、古い時代からベトナム族の建築に「遊離尾垂木」に似た材が使われていて、それをシャム族が受容したとみなすべきように思われる。問題はベトナム族の「遊離尾垂木」や、その原型ともいえる「登り梁」が古い時代の南方中国に存在したかどうかであり、こういう視点で福建・広東・広西の漢族建築および少数民族建築を見直してみる必要があるのではないだろうか。(Mr.エアポート)

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  1. 2006/09/12(火) 23:51:09|
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