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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

患者感激! (Ⅰ)

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 一昨日の午前十時ころ、何を思ったか、患者はベッドからむくっと立ち上がり、杖もないのに、一人でキャスター付きの小テーブルをおして窓まで歩いて行った。窓をうまく開けられないと分かり、ベッドに戻ろうとしたところ、なんと患者は横転して床に倒れてしまった。詰めていた3人の看護師さんは異変を察知し、患者の部屋に急行、患者を抱き起こし、ベッドに戻して横たわらせた。なにせ、ここはICU(集中治療室)である。ようやくリハビリを始めたばかりの患者が、一人歩行を許されるわけはない。結果、医者と看護師からそうとうお目玉をくらったらしい。
  「あの日は看護師さんたちの目が冷ややかだったの・・・」
 とうぜんペナルティがある。ICUのいちばん奥の部屋からナースステーションに近い入口側に部屋を移され、ベッドを壁沿いに配置されて、片側には落下防止の手摺りが2枚はめ込まれた。要するに「檻」を作られたのである。
 昨夜9時すぎに病院に着いたとき、すでに檻のうちの一枚は外されていた。昨日から、室内の可動トイレではなく、廊下のずっと向こうにある身障者用トイレの利用が許されたのだという。その便所まで歩いて行くのだが、もちろん左手で杖をつき、患者の右側には必ず看護師が同行するという条件での歩行である。いうまでもなく、これはリハビリを兼ねている。わたしが到着してからも、いちどトイレに歩いていった。歩行は3拍子。まず左手にもった杖を一歩前に出し、つぎに麻痺した右足をその位置まで動かして、最後に左足を同じ位置まで前にだす。
 いち、に、さん。いち、に、さん、の繰り返し。ちゃんと歩いている。病室から30メートルほど離れた身障者用のトイレまで往復できるではないか。発症後8日めで、これだけ回復した。嬉しいことは嬉しいのだが、しかし、彼女は依然ICUの個室で治療を受ける患者であることに変わりはない。

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 9時半をすぎて、病室を離れる前、娘が突然、
  「あっ、ドンキホーテまでニンテンドーDSを買いにいこう!」
と言い出した。わたしには何のことだか、さっぱりわからない。ただ、高価なゲームらしく、資金だけは援助することにした。
 帰途、西大寺の学習塾に寄って弟をひろい、二人は「めっちゃ売れてるからな、たぶん売り切れてるやろけど、行ってみるわ」とはしゃぎながら、わたしを家に送り届けたあと、そそくさとドンキホーテに出かけていった。
 で、ニンテンドーDSを買って帰ってきた。買えたのは「奇跡」だという。

 一夜あけて、今日の昼食時、3人そろって病院に行った。患者は一人で食事をとっている。起きるのが遅かった息子は、何も食べていないので、患者の残すどんぶり飯をぱくぱくたいらげた。食後の歯磨きは娘が洗面所まで同行した。昨夜までは看護師同行が原則だったのに、今日は親族同行が許可された。
 息子はさっそくニンテンドーDSを開封した。ソフトは「脳を鍛える大人のDSトレーニング」。いちばん低レベルのソフトだそうだ。なぜならば、「お母さんはぼけてるから」。
 その母が「脳を鍛える大人のDSトレーニング」に挑戦した。色のついた文字が次つぎと画面にあらわれる。「きいろ」と書いた赤い文字の場合、「赤」と答えれば正解。「あお」と書いた黄色の文字なら「黄色」が正解。こういう質問に連続して答えていく。結果、患者の脳年齢は「80歳」と判定された。ひどい結果だと思うでしょうが、じつはそうでもない。次に挑戦した二十歳の娘は、脳年齢「50歳」と判定されたからである。要するに、このゲームは結構難しい。難しいから売れているようだ。
 じつは、わたしも品物を一つ用意して来た。先の海住山寺参観の際、両親に対するお土産として「ぼけ封じ」の数珠を買っていたのだが、いまや両親よりも患者のほうが切実な問題になっているから、急遽、患者にまわすことにしたのである。いやがる患者の右手首にしっかり巻き付けた。数珠の説明書きによれば、「本黄楊(つげ)ぼけ封じ無病念珠」という名称で、「この数珠はぼけを封じ無病息災の祈祷をこめた念珠です。常に肌身につけ所持して心身のなやみを追放して下さい」とある。

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 二人の子どもが帰宅した後、しばらく夫婦は体を休めていたが、午後3時ころになって患者は、
  「お風呂に入りたい」
と言い出した。お風呂は週2度、火曜日と金曜日に割り振られている。今日は日曜日で、ちょうど中間の日である。お風呂にいれてもいいものかどうか。看護師さんにお伺いをたてた。
  「わたしが付き添いますので、お風呂にいれてやっていいでしょうか?」
 陽気な看護師さんは、笑顔で快諾し、お風呂の湯を溜めに行ってくれた。
 お風呂は身障者用トイレの隣にある。そこまで車椅子に乗せていった。ドアをあけるとお風呂用の車椅子がおいてある。それに乗り換え、服を脱いで、体と髪を洗った。もちろん背中や髪はわたしが後から洗った。ちなみに、わたしは白い長靴を履き、大きなビニールのエプロンを前につけている。洗体および洗髪の後、患者は風呂桶の湯に浸かった。「気持ちいい」を連発する。途中から、看護師さんもあらわれた。
  「次に使う患者さんはいませんからね、どうぞ1時間でも2時間でも使っていてください」
 もちろんそういうわけにもいかないから、10分ばかりで切り上げ、パジャマを着替えて個室に戻った。患者は、しばらく「気持ちいい」と言って髪を乾かしていたが、まもなく疲れが出たようで横になり、眠りに落ちてしまった。
 患者は目覚めた後、反省の弁を口にした。
  「ほんとは週に2回って決まっているんだから、それを守らないといけないのに、今日お風呂に入ってしまって、すこし疲れちゃった。もう少し辛抱しないといけないね・・・」
 どうやら横転のことが頭に残っているらしい。

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 今日は、お見舞いもいくつか届いた。まず午前、自宅にお見舞いの書留が郵送されてきた。出雲のM設計事務所の社長とM君(2期生)からである。また、病院にはフラワーカスタマーサービスの花束も届いていた。ただし、ICUには花束を持ち込めない。だから、娘が患者の車椅子をおして、夜間用入口の脇にある守衛室まで花束を見にいった。送り主は環境大学の某助教授夫妻であった。こうしていろんな方がたにお気遣いいただいている。
 感謝に耐えません。みなさん、ありがとうございます。
 絶対に、早く良くなりますからね!!

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  1. 2006/11/19(日) 23:58:21|
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