
さく、さく、さく、さく。
ストーヴの熱気で白く曇った窓の外で、何かが雪を踏む音が微かに聞こえる。もうベッドに横になっていたメアリは毛布から顔を出し、耳を澄ました。
さく、さく、さく。
やはり聞こえる。なにか小さなものが歩く音に聞こえる。時計はもう今日に終わりを告げようとしていた。からだを起こし窓枠に手をかける。鈍く光る真鍮の把手はひどく冷えて、メアリをぶるりと震わせた。ちいさなかんぬきをカチリ、と外すと恐る恐る窓を開ける。途端に部屋に侵入する冷たさにメアリは慌ててベッドに引っ掛けておいた赤いカーディガンを羽織った。
さく、さく、さく。さく、さく。
先程よりハッキリ聞こえる様になったもののやはり小さな音だ。メアリは目を凝らすが目の前には真っ白な野原しか見えない。裏庭のヒイラギのかわいらしい赤い実も雪に埋もれ、その色を隠していた。自分の吐く白い息が視界をぼんやりとさせる。メアリは息を止めて白い地面を見渡す。
さく、さく。 さく。
音が止まった。何処だろう。窓から身を乗り出してみるが何も見えない。降り積もった雪は月明かりを受け止め、柔らかくはねかえす。そのまばゆさに目が眩み、メアリは思わず目を閉じた
「こんな時間に起きているとはいけないなあ、小さなお嬢さん。」
突然の非難にひどく驚いたメアリは、はっと瞳を開いた。先ほど迄だれも居なかった筈の目の前に独りの少年が立っている。驚きのあまり声を出しそうになった小さな唇を少年の白い手が塞ぐ。
「ああ、ごめん。驚かせてしまったね。そうか、今日はみつかがみの日だから僕の姿が見えるんだな。忘れていた。」
何もしないから騒がないで、と少年は笑うと、良いね、と念を押す。少女がこくりと頷くと、少年は目を細めてようやくその手を離した。突如現れた見知らぬ少年にメアリは大層驚かされたが、不思議と恐さは感じなかった。
とても色の白い、大きな青い瞳の少年だった。今年9つになったばかりのメアリより2つか3つばかり年上だろうか。メアリを「小さなお嬢さん」と呼ぶ程に年上には見えなかった。真っ白でやわらかそうな長めのセーターに、やはり真っ白のネルのズボンを穿いている。暖かそうなマフラーも白で、ブーツだけが黒く目立っていた。
「さっき歩いていたのは、あなた?」
ようやくメアリが口を開いた。
「迂闊だったなあ。ごめんね、もう皆寝ていると思っていたものだから。」
やはりそうなのだ。しかし一体何処を歩いていたというのだろう。いくら全身真っ白であるとはいえ、見過ごしていたとは思えなかったし、自分より大きな男の子が歩いている音にも聞こえなかった。不思議そうな顔をするメアリに少年は申し訳無さそうな顔で笑う。
「失礼とは思ったのだけど屋根の上をすこしね。雪があまりに銀色に光るものだからつい高い所から眺めたくなってしまった。」
メアリは裏庭の向こうに広がる野原に目を滑らし、空を見上げた。満月だ。
「ほら、あちらのネズの林を見て御覧よ。まるで何か宝石の原石の様だろう?」
白い固まりとなったネズの木は満月の強い光を受けてきらきらと輝く。
「君は良い日に夜更かしをしたね、最高の月だ。」

(続)-KA-
*童話『雪の夜』 好評連載中! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ)
- 2006/12/12(火) 18:44:29|
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