
少年の瞳も月の光を浴びてカチリと光る。こっちのほうが宝石みたい、とメアリは思った。
「さて、君は。」
その青い宝石をくるりとまわして少年はこちらに向き直る。
「なんて名前なんだい?」
「メアリです。」
9つの少女はおずおずと答える。
「メアリ?かわいらしい名前だね。君にぴったりだよ。」
少年はほんのすこしだけ吊り上がった目を細めて笑った。メアリもつられてにっこりと笑う。
「僕はね、ヴィオレットというんだ、よろしくね。」
ヴィオレットと名乗った少年は右手を差し出した。メアリが右手を出すと、ヴィオレットは指の先だけを繋ぐ不思議な握手をした。何処の国の挨拶だろう。手袋もしていないその白い手は意外に暖かく、そのぬくもりはメアリの心もふわりと暖めた。
おかげでくらくらしていた頭が少し落ち着いた。とにかくこの綺麗な男の子は普通の子では無いらしい。
「ヴィオレットは、どうしてこんな時間に外にいるの?」
ああ、と白い少年は微笑む。
「僕はいいんだよ。僕にとっては昼間の様なものなんだ。今も実は仕事中だったんだよ。」
その途中でこの家の屋根で雪を眺めて休憩するつもりだったらしい。
「大人の人に怒られないの?」
「怒られないさ。仕事だしね。こんなに寒いのにえらいって僕の頭を撫でる人だっているくらいだよ。」
ふふふ、と少年は笑う。こんな時間に外に出ていたらメアリなら両親に叱られるだろう。
「どんなお仕事をしているの?」
「そうだなあ、珍しいものを売ったり、買い取ったりするね。たまには交換もするかな。」

ヴィオレットはズボンのポケットから小さな折り畳みのレンズをとりだし目に当てると、これで鑑定もするよ、とメアリの顔を覗き込んだ。メアリは茶色の瞳をぱちぱちさせる。ヴィオレットは笑ってまたレンズをポケットに仕舞い込んだ。
「こういう月の魔力の強い夜にはとても良いものを見つける事が多いんだよ。今日も夜更かしの可愛いお嬢さんに出会えた事だしね。」
そうだ見せてあげるよ、と少年はまたポケットに手を突っ込み、何かを包むように折り畳まれた群青色の布を取り出した。
なあに、と目を見開いたメアリは身を乗り出す。少年の白い指が丁寧に布を広げた。
「わあ、綺麗ねえ。」
思わずメアリは高い声を出す。群青の滑らかな布の中にはキラキラと七色に輝く不思議な形に角張った石が入っていた。ほのかに石の中心が光っている。
「なあに、これ?」
思わず触れようとしたメアリの指先から、少年は慌てて石を遠ざけた。
「触ってはだめだよ。解けてしまうからね。」
とても脆くて儚いものなんだよ、とヴィオレットはまた丁寧に包みなおすと、ポケットに戻した。そんなものをポケットに仕舞って大丈夫なのかしら。
「これは月の光が結晶したものなんだ。とても光が強くてとても寒い日は月の光だってかたまってしまうのさ。素敵だろう?」
月の光の結晶なんて初めて聞いた。なんて綺麗なんだろう、とメアリはひどく感心する。
その顔にヴィオレットは満足そうに顎を撫でた。
「ほらあそこに生えているバラ、花も葉ももうないんだけれど、そのとげに引っ掛かっていたんだ。今日は本当に良い月夜だから純度が高くて良く光る。」
裏庭のちいさな門に絡み付いたバラの木はメアリが植えたもので、毎年春に金赤色の小振りの花を咲かせる。その可愛らしい花を見る為にメアリはきちんと花の面倒を見ている。
「あのバラの木は私が育てているの。とっても可愛い花が咲くのよ。」
メアリは少し得意な気分でヴィオレットに自慢する。ヴィオレットはへえ、といって少し目を見開いた。
「それは感心だなあ。バラの花は手入れが大変だろう。」
バラは虫がつき易く、病気もし易い花だ。
「小さなバラだから大きなものよりは少し丈夫で育て易いってお隣のおばあちゃんがくれたの。」
この辺りは雪は深いが、春になり雪がとけると赤や黄色、薄紫の様々な色の花々が美しく咲き乱れる。春から夏にかけて特に目を楽しませてくれるのは様々な種類のバラだった。
バラは年中咲く花の筈だが、この辺りでは春咲きのものがほとんどで秋咲きの物すらほとんど見かける事は無かった。だからメアリもバラは春の花だと思っている。
(続)-KA- *童話『雪の夜』 好評連載中! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ)
- 2006/12/13(水) 22:26:09|
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