
メアリはスケッチブックから絵のページを切り取るとくるくると丸めてリボンで括った。
ヴィオレットは嬉しそうに笑って、再び「ありがとう」というと、その筒を受け取った。
「さて、名残りおしいけれどもう寝なくてはね。明日は学校なんだろう?」
ヴィオレットは白いマフラーを巻きなおす。不思議な少年は立ち去ろうとしていた。メアリは思わず窓枠に手をかけて身を乗り出す。
「また遊びに来る?」
ヴィオレットはにっこり笑ってポケットを探る。
「これを貸してあげるよ。」
出て来たのは掌に乗る程の黒くて平たい小箱だった。小箱を開くと中から銀色の手かがみが出て来た。なめらかな表面が月の光を反射してキン、と固く光る。
「僕に会いたい夜は、この手かがみを窓際においておくんだよ。但し雨の日はだめだ。月の出ている夜だけ。手かがみはいつも綺麗に磨いておくように。」
ヴィオレットは鏡をまた箱に戻すとメアリに手渡した。しっとりひやりと冷たい箱は美しく塗られていて、不思議な香りの木で出来ていた。
「その鏡が無いと僕には会えないからね。あと、手かがみを窓のそばにおいている時はけして覗き込んではだめだよ、分かったね。」
よく分からないけれど魔法の鏡なのかしら、とメアリはこくり、と頷いた。ヴィオレットは満足そうに微笑むとじゃあ、お休み、と窓を閉めた。手もとの箱に目をやって、再び窓の外を見た時には、もう白い少年の姿はどこにも見当たらなかった。
残念な事に翌日は昼から灰色の雲が空を覆いはじめ、メアリが学校から帰るころには雪が降り出した。今日はヴィオレットには会えない。がっかりしながらおやつのド-ナツを食べた。憂鬱そうに窓の外の大粒の雪を見ていたメアリの顔が何かを思い付いてにっこりと笑顔になる。メアリは残りのドーナツを急いで口に押し込むと、砂糖のついた指をなめながら自分の部屋に向った。部屋に戻ったメアリは本立てから昨日のスケッチブックを引き出す。スケッチブックの空いたページを開くと、引き出しから鉛筆を取り出して少し考えていたが、やがてさささと鉛筆を動かしはじめた。
降り続いた雪はその翌日の昼にはやみ、夜にはすっかり雲も晴れて少し丸さを失った月が凛と輝いていた。メアリは両親におやすみを告げると湯たんぽを持って部屋に戻り、それをベッドの中にいれ込む。机の引き出しを開けると、一昨日ヴィオレットに貸して貰った鏡の箱が入っていた。月の光で鈍く光る箱を開けて手かがみを取り出すと、鏡が手の中をひやりと冷やす。メアリは鏡をよく観察してみたが特に変わった所は無いようだ。飾り気は無いが美しい鏡だった。鏡を覗き込むと自分の顔がこちらを見返していた。ベッドの上に登って窓際に鏡をコトリ、と置くと、カーディガンとマフラーをベッドの上に用意して布団にもぐり込む。目を閉じると眠ってしまうかも知れないと思ったので目を開けて耳を澄ましていたが、中々ヴィオレットの来る気配はない。何度か窓の外を覗いたが只一面の銀白が見えるだけだった。眠気がつきはじめたメアリが、ヴィオレットは今夜はもう来ないかもしれないと思いはじめた頃、ようやく窓の外に微かな音が聞こえた。
さく、さく、さく
雪を踏む軽い音。やはりおかしな位軽い。

(続)-KA-
*童話『雪の夜』 好評連載中! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ) 「雪の夜」(Ⅴ)
- 2006/12/19(火) 01:05:55|
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