
メアリは起き上がるとカーディガンを羽織り、急いでマフラーを巻き付ける。かんぬきを開け、白く曇った窓を開くと白い少年が笑顔を浮かべて立っていた。
「今晩は、メアリ。また会えて嬉しいよ。」
その言葉に、メアリも嬉しそうに微笑んだ。
「今晩は、ヴィオレット。」
少年は申し訳無さそうに御免よ、と謝った。
「皆が寝静まった時間じゃ無いと出てこられないのだ。遅くなって悪かったね。」
ヴィオレットはちらりと窓際に置かれた鏡に目をやった。つられて鏡を見そうになったメアリの目の前にヴィオレットの手が伸びる。
「約束だろう、見てはだめだよ。」
そうだった。慌てて視線をヴィオレットに戻す。少年は満足そうに笑うとメアリのマフラーに目を止めた。
「おや、可愛らしい白のマフラーだね。お揃いだ。」
急いで巻いたマフラ-は半ば首から落ちかけていた。メアリはしっかり巻きなおすとにっこり笑った。お揃い。なんだか素敵な響きだ。
「一昨日は素敵な贈り物をありがとう。あんまり嬉しかったから昨日も何度も絵を見直してしまったよ。」
ヴィオレットはずっとにこにこしている。メアリは自分の贈り物が大変気に入って貰えているのを見て大満足だった。
「ねえ、これ見て」
ベッド脇に立て掛けたスケッチブックを持ち上げる。興味深そうに覗き込むヴィオレットの顔をちらと見ると、パラパラとスケッチブックを捲った。
「ほら、スミレよ」
紙の上にはひと株のスミレが描かれていた。一昨晩と同じように鉛筆に水彩で着色してある。目を真ん丸にしてその紫に見入るヴィオレットがほうとため息を漏らす。
「ううん…これは素晴らしい、これがスミレか。話には聞いているよ。」
想像していたよりも小さい花なんだねえと、しきりに感心している。
「綺麗だねえ。」
ヴィオレットは先ほどよりもっと嬉しそうににこにこしている。メアリの心臓は嬉しくてわくわくと音をたてている。小さな指が嬉しそうに次のページを捲る。
「それは昨日描いたの。今日はポピーよ。」
冠のようなおしべを取り囲む軽やかな花びらの可愛らしい花が紙の中で風に揺れている。
少年は瞳をくるくると嬉しそうに光らせる。
「わあ、可愛い花だなあ…これは鉛筆描きだね。ポピーの色は何色?」
メアリは得意げに説明する。
「ポピ-はいろんな色がある花なの。赤、白、黄色、橙色。色々あるわ。」
ふうん、色々なのか…と、花の色を想像する少年に、メアリはえーと、と言葉を続ける。
「ヴィオレットの好きな色を塗ろうと思ってそれは鉛筆のままなの。」
少年の瞳がまたくるくるきらきらと輝く。
「本当?」
「うん。好きな色を言ってちょうだい。」
メアリはこれも用意しておいた三十六色の色鉛筆を出して来た。去年のクリスマスに貰った物で綺麗な箱に収められた、メアリのお気に入りだ。ヴィオレットは暫く迷っていたが赤を選んだ。メアリはたくさんの色鉛筆の中から紅色を選ぶと白いポピーに色を付けはじめた。ヴィオレットは面白そうにその作業を見守る。

塗りながらメアリはヴィオレットに話し掛けたが、ヴィオレットが黙っているので作業を止めて顔をあげた。ヴィオレットは困ったような顔をして立っていた。それを見てメアリは慌てて、
「いらなかったらいいのよ」
と付け加えた。今度はヴィオレットの方が大慌てで「違うんだよ」と手を振った。
「とっても嬉しいんだけど、お返しに本当に何もあげる事が出来ないんだ。そう言う規則なんだよ。」
と残念そうに謝った。メアリはいいの、といって笑った。
「そのかわり、私が色を塗っている間色々お話してほしいの。」
ヴィオレットはおかしそうに笑う。
「そんな事でいいの?お返しにならない気がするけど。」
メアリは楽しいから良いの、とヴィオレットににっこりしてみせた。
そう、と応えたヴィオレットは、それじゃあ何にしようかと腕を組んだ。
メアリは頭の中のいくつも不思議の一つを、早速質問する。
「ねえ、一昨日言ってた星屑って、なあに?」
少年はああ、ちょっとまって、と頷くとズボンのポケットを探った。何がでてくるのかしら、とメアリは手を止めてヴィオレットを見た。ポケットの中から出て来たものはやはり布に包まれた金平糖のような形の石で、以前見せてもらった月の結晶にも少し似て、飴玉のような半透明の石の中心が少し光っている。石同士がふれあうとリン、と鈴のような音を出す。
「意外だけれど月の結晶よりもこちらの方が強いんだよ。ほら、持ってみて。」
ヴィオレットは布ごとメアリの手に星屑を渡した。メアリの小さな掌の中で石はリンリンと微かに音をさせる。
(続)-KA- *童話『雪の夜』 好評連載中! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ) 「雪の夜」(Ⅴ) 「雪の夜」(Ⅵ)
- 2006/12/20(水) 20:19:16|
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