
小さな石だが、まるで鉛の様にずっしりと重かった。少しの間手の上で石をリンリンリンリン泣かせていたが、また石を包みなおしてヴィオレットに返した。再び色鉛筆を動かすメアリをみながらヴィオレットは石を仕舞う。
「ドロップのようだろう?星屑はとても貴重で、それでいて欲しがる人が多いものなんだよ。」
「少しこないだの月の結晶と似てる」
ヴィオレットはその通り、と請け合った。
「やはりとても冷えた日に星の光が結晶した物なんだよ。月の光とは真逆でこれは月の光が無い日、つまり真冬の晴れた新月の日しか取る事ができない。他の日だと月の魔力が強すぎて駄目なんだ。月に隠れてこっそり凍った星の光は雪と一緒にきらきらと地上に降ってくるんだ。もうなんともうっとりしてしまう美しい光景だよ。」
紅色を黄色の鉛筆に取り替えながら、メアリは話を聞き続ける。
「しかもとても色々な事に使えるんだよ。例えば、これを使うと最高級の花火ができるし、万病にきく薬の原料にもなる。あと、水に溶かすと素晴らしい味の炭酸水が出来上がるよ。味も色も七色に変わるんだ。贅沢だけど上流階級のパーティーなんかで見かけるね。」
素敵ねえ、という声と共に今度は色鉛筆が緑色にとりかえられる。星屑の絵の具は高いけれど最高なんだ、君にあげられたらなあ…と残念そうな様子のヴィオレットにメアリは次の質問をする。
「じゃあ、凍りレンズは?」
その質問をきいたヴィオレットは、一昨日みただろう?と悪戯っぽく笑った。メアリがおかしな顔をしているのをみて少年が笑いながら取り出したのは鑑定に使うという折り畳み式のレンズだった。
「これに嵌めてあるのも凍りレンズだよ。触って御覧。」
レンズを渡されたメアリは指紋がつかぬ様気を付けながらレンズに触れた。
「冷たい!」
「そう、触ると冷たいんだ。氷だから。だから凍りレンズ。とっても良く見えるんだよ。冷たく厚く凍った澄んだ湖や池なんかを掘ると出てくる事が有るんだ。もう溶けなくなる程冷たく固く凍ってしまっていて落としたって割れやしない。これもめがねに使うからな
かなか人気があるんだよ。」
メアリがレンズでその手を拡大してみると、皺の一本一本まで気味が悪い程によく見えた。レンズに瞳を付けたまま顔をあげると視界に青色が広がる。目をはなしてみると、それはくりくりと光るヴィオレットの空色の目であることが分かった。
「よくみえるだろう?これに使われているのは透明度の高い良いレンズだからね。」
さて、話しをしていくうちにメアリのポピーはほとんど完成した。最後に黒の鉛筆でちょっちょっと仕上げをすると出来上がり、スケッチブックをヴィオレットに向けた。ヴィオレットは嬉しそうに出来上がった紅色のポピーを眺めた。お客が満足した事を確かめるとスケッチブックから紙を外し、くるくると丸めて紐で括る。次はまた違う花を描くわね。と、絵を渡すとヴィオレットは笑ってありがとう、と礼を言った。
「じゃあ、お休み、ヴィオレット」
と手を降るメアリにヴィオレットもお休み、と別れの挨拶をする。
「僕が帰ったら鏡はしまわなきゃだめだよ。」
ヴィオレットは外側から窓を閉めて、冷えて曇りの取れた窓の向こうから小さく手を降った。背を向けて歩いていく少年の後ろ姿を見つめていたメアリだったが、急に寒さを感じ、ぶる、と小さく震えた。急いで鏡を小箱に仕舞い、スケッチブックや色鉛筆と一緒に机に戻すとベッドに潜った。大分前に入れた湯たんぽを抱き締めるとまだじんわりと暖かい。
ちらりと目をやった窓の外にはやはりもう少年の姿は見えなかった。

(続)-KA-
*童話『雪の夜』 好評連載中! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ) 「雪の夜」(Ⅴ) 「雪の夜」(Ⅵ) 「雪の夜」(Ⅶ)
- 2006/12/24(日) 00:04:56|
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