Lablog 雪の夜（Ⅷ）

雪の夜（Ⅷ）

「別に月の光がないと外にでられないわけじゃないよ。」
前日の話しを聞いて、ヴィオレットは笑いながら星光る空を見上げた。月はもう太ったクロワッサンの様な形まですり減っている。
「月光の無い日にしか手に入らないものもあるしね。ただ、ここに来られないだけなんだよ。」
残念なことだけど、と空を向いたまま呟いた。
「月のない日は、ここに来ても意味が無いんだ。君と会う事はできない。君は僕を見つける事は出来ないから。」
寂し気なその声に、メアリは瞬きもせず、声も出さずに少年を見つめた。その視線に気付いた少年は困った様な顔で笑いながらメアリを見つめ返す。二人の間から音が無くなった。
ヴィオレットは暫く考えていたようだったが、突如口を開いた。
「メアリは、鏡とはどう言うものか知ってる？」
いきなり話が変わったのでメアリは驚いたが、とりあえず答える。
「鏡…？姿を写すのよね？違うの？」
考えてもこれ以上の答えは浮かびそうも無かった。
「いや、あってるよ。使い方としてはね。」
使い方とはいったいどういうことだろう。メアリには何の事かさっぱり分からなかった。
他に何かあるのだろうか。
「鏡とは、どういうものか、ということ。…君は鏡を見て、不思議な気分になったことはない？」
ある、と頷く少女をみてヴィオレットはそうだろうね、と頷き返す。
「君は僕の足音を聞いた敏感な女の子だから余計にかも知れないね。綺麗に磨かれた鏡には力があるんだ。映し出す力が。」
その性質の一部を人は利用しているに過ぎない、と語り続ける少年をメアリはただずっと見つめていた。
「鏡は月の光の魔力をすら、取り込んで歪める。そして映し出す。だから君は僕を見つける事ができる。」
ヴィオレットの言っている事は良く分からない。鏡、という言葉に思わず窓際の鏡に目をやりそうになって急いで戻す。
「この鏡は、魔法の鏡なの？」
違うよ、とヴィオレットは柔らかく微笑む。あまりに柔らかく笑うので背景の銀白の世界に溶け込んでしまいそうだ。
「特別な鏡ではあるけどね。鏡という物はそういう魔力を秘めている、と言う事。そういう道具なんだ。ほら、合わせ鏡ってあるだろう？あれなんか凄く危険だよ。映し出されたものを取り込んで、また映し出すんだからね。それの繰り返し。妙なものを見せられたり、引きずり込まれる事もあるかもしれないね。」
「引きずりこまれるの？鏡の中に？」
「そうさ。君たちは余りにも無造作に鏡を使っているけれど、使い方によってはとても危
険な道具なんだよ。」
だからといって怖がる事はないけれどね、と怯える少女の頭を優しく撫でた。
「道具は使い方を間違えなければ大丈夫だよ。怖がることなんてない。」
それに鏡の力があるからこそ僕は君と会えたんだから、と笑った。
「鏡に映ったものが本当のことなのか、見せられていることなのか、誰にも本当の事は分からない。だから鏡は便利な道具であると同時に君を惑わす事もあるだろうね。だけど、心配する事はないんだよ。君自身が存在するからこそ、鏡は君を映すんだから。」
たとえ、どんな姿であったとしてもね。と付け加えて少年はまた笑った。ヴィオレットの話の内容は半分も分からなかったけれど、とにかく月と鏡の両方が無いとメアリはヴィオレットに会う事ができない、ということは分かった。
しかしこの少年は一体何者なのだろう。メアリは気になってしょうがなかったがなんとなくその質問は出来なかった。大体「あなたは一体何なのですか？」なんて聞いたら、失礼な気がする。