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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

雪の夜(Ⅸ)

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次の日にはもうクロワッサンは普通サイズになっていた。ママによると、明日からまた天気が悪くなるそうだ。でももうそろそろ吹雪の季節も終わりよ、あとちょっとの我慢ねと不満げな顔のメアリに母親は笑った。
鏡を箱から出し、そっと窓辺に置く。この鏡を割ってしまったらもうヴィオレットに会えなくなる。そう思うと鏡を持つ手付きも自然に丁寧になった。耳を済ませてまっているとやがてさく、さく、さく、と軽い音が聞こえて来た。慣れた動きでカーディガンを身に付け、マフラーを巻きながら手早く鍵をあける。
「今晩は、メアリ。御機嫌はどう。」
「今晩は、ヴィオレット。とても良いよ。ヴィオレットは。」
「ぼくも良いよ。ありがとう。」
いつものように柔らかく笑うヴィオレットはどことなくほっとした様子だった。
「良かった。昨晩は怖がらせてしまったからね。もう鏡を置いてくれないかと心配だったんだ。」
まあ、とメアリが口を尖らした。
「そんなに恐がりじゃないわよ。それにヴィオレットがちゃんと使えば大丈夫だっていったじゃない。」
御免よ、と微笑みながら謝りるヴィオレットは、なぜだろうか、こんどはすこし嬉し気に笑った気がした。
昨晩ヴィオレットが帰った後、暫くヴィオレットの話を思い返していた。鏡の事は少し恐かったけど鋏と同じで使い方を間違わなければ大丈夫なのだろう、と何とか落ち着かせる事が出来た。しかし、良く良く考えてみるとヴィオレットの話には一つ大きな謎が浮かび上がって来る。
「あのね、ヴィオレット、不思議なんだけど一番始めに私達が会った時は鏡なんて無かったね。どうしてあの日は会う事が出来たの?」
今日一日頭を占めていた謎をようやく口に出した。ふわ、と少年の目が細くなる。
「良く気付いたね。」
そう、あの日は特別だったんだよ。と言いながらヴィオレットが月を見上げた。鎌の先の様に尖った月が空色の瞳に映ってくるり、と回る。
「メアリ、また質問。月とは何だと思う?」
ヴィオレットはふいにメアリに目線を戻して来た。質問は質問で返されてしまった。戸惑いながらも考えてみたが、すぐに降参する。だっていくらメアリが考え経ってどうせまた不思議な事を言い出すに決まっているのだ。
「諦めが早いなあ、まあいいか。月はいろいろな役割を持っている。潮の満ち引きとか暦とか君たちが知っているだけでもたくさんあるだろう?。」
月の役割というと夜明かりくらいしか思い付かなかったのだけれど取りあえず頷く。
「僕達にとって重要なのは月の光の魔力で、僕の仕事で手に入れるものでも月の魔力が関わっているものがたくさんあるんだよ。」
問題は、何故月の光に魔力が宿っているかなんだ。とヴィオレットは腕組みする。
「昨晩の話の続きの様になってしまうけどね、月が鏡だからなんだよ。鏡だから取り込んだ光を歪めて地上に放つ。月の光はもともと全てを作り上げる力を持つ太陽の光を反射したものだね。それを歪めてしまうから月の光には魔力が宿るんだ。」

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「でも、月には何も映っていないじゃ無い。なのに鏡なの?」
「もちろんただの鏡じゃない、月自体がおおきな力を持っているんだ。それに強い強い太陽の姿を映すのに精一杯で小さな小さな僕達のことなんて映しやしないよ。」
但し、と話しは続く。
「満月の日は別だ。曇りの無い月は強い魔力をもっているから僕達の姿をも映し出す事が有る。冬は空気も澄んでいるから余計そう言う事が起こり易いんだよ。それが、みつかがみの日と呼ばれている。まあ、冬ももう終わりだからね、次の満月の日はもう無理だろうな。」
そういえば本当にあの日はとても寒くて大層月が美しかった。そうか、あれはそんな特別な日だったんだ、と納得するメアリに、だから満月の日は不思議な事が起こり易いんだよとヴィオレットは語り続けた。
「……本当はねえ、メアリ。僕達は取り引きどころか君たちとあまり関わってはいけないんだ。そう決められているんだよ。」
ヴィオレットの手が寂しそうに冷たい窓枠を撫でる。
「でも嬉しかったんだ。その滅多にない日に、不思議な巡り合わせでメアリと出会った事がね。おかげでつい通ってしまったなあ。」
窓枠を撫でる手を止めると少年はまた月を見上げた。空に輝く大きく欠けた鏡は、相変わらず真っ白な地面をちかちかと光らせる。
「ばれたら怒られるの?」
少年は怒られるねえ、と空を見たまま笑う。
「でもいいんだよ。メアリと会う事はとても楽しいからね。月のでない日はがっかりしてるんだ。」
自分と同じようにヴィオレットも月夜を楽しみにしてくれていたことがどうしようもなく嬉しくてメアリも夜空を見上げる。覗いてはいけない銀の鏡が、メアリの視界の端できらりと光っては自らの吐く白い息で霞んだ。今日は少し風が強いようだ。白いもやはメアリの口を離れると留まらずにするりと西の方へ流れていく。
「明日は天気が悪いんですって、残念ね。」
この分では大分吹雪きそうだ、暫く会えないかもしれないなあ、とヴィオレットの顔をみるといつになく不思議な表情をしている。視線に気付いて顔をあげると口の端を軽く持ち上げた。
「今年、最後の大雪だよ。」
少年は穏やかな声でそう言った。

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(続)-KA-


*童話『雪の夜』 好評連載中!
   いよいよ物語はクライマックスに。
   月と鏡の魔力は何をどう歪めてしまうのだろう?
 


   「雪の夜」(Ⅰ)
   「雪の夜」(Ⅱ)
   「雪の夜」(Ⅲ)
   「雪の夜」(Ⅳ)
   「雪の夜」(Ⅴ)
   「雪の夜」(Ⅵ)
   「雪の夜」(Ⅶ)
   「雪の夜」(Ⅷ)
   「雪の夜」(Ⅸ)
   「雪の夜」(Ⅹ)







  1. 2007/01/06(土) 23:02:03|
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