
ヴィオレットの言う通り次の日からひどい吹雪になった。仕方がないので、花の絵を一枚描いて過ごしたが一日たっても雪は降り止む気配を見せず、二日目に少し威力が弱まったものの月は雲に隠れていた。ずっと窓の外の様子を見ていても雪が降り止む様子が無いのでがっかりしたが、もしかしたらと思い鏡を用意する事にする。引き出しを開けて黒い箱の中から鏡を取り出して改めて手鏡を眺めた。この鏡はあの窓べりで本当は何を写しているんだろう。鏡をかかげると明かりが跳ね返ってピカ、ピカと白い壁に光が映る。それが妙に面白く、思わずいろいろな所に光を当てて遊んでみた。磨かれた鏡はくっきりと壁に光の跡をつける。その時、するり、と鏡がメアリの手から滑りおちた。はっとしたメアリが手を伸ばそうとするのと同時に鏡はメアリの足下でピシリ、と固い音をたてた。急いで目をやると銀の鏡は、無惨に二つに割れていた。メアリは真っ青になって鏡を拾い上げるが、壊れたものは元には戻らない。
音を聞き付けて母親がやってきた。
「どうしたの…まあ。」
部屋の中では娘が割れた鏡を手に放心している。その足下にはわずかに破片が散らばっていた。
「危ないわ、ちょっと待っていなさい。」
母親はほうきをもってやってくると丁寧に床を掃除した。床を掃除し終えた母親が娘の手から割れた鏡を取ろうとすると娘ははっとして抵抗する。もうその鏡は使えない、危ないから放しなさいといくら叱ってもメアリは鏡を渡そうとしなかった。
「これは友だちに借りた大切な物なの、勝手に捨てたりできない。」
「でも、もうその鏡は壊れてしまったのよ、どうしようもないじゃ無いの。謝って許してもらうしか無いでしょう。」
母親のその言葉についにメアリは泣き出してしまった。大事な鏡に大変な事をしてしまったという事はもちろんだが、鏡が無いともうヴィオレットに会う事が出来ない、ということがひどくメアリの心を痛ませた。ヴィオレットに会う事が出来ないということはもう謝る事もできないと言う事だ。鏡を持ったままぽろぽろと大粒の涙を流し続ける娘に困った
母親が、危なく無いように包むだけだから、となだめすかしてようやくメアリは鏡をその手から放した。母親は鏡を厳重に紙に包むと袋に入れた。危ないから開けてはだめよ、とよくよく言いおいてようやく母親は部屋から出ていった。その間メアリはずっと泣き続けていた。壊れてしまった鏡の入はいった包みをみるとさらに激しく涙が溢れてくる。
どうしたらいいのだろう。どうしたら謝る事ができるのだろう。
どれくらい泣いたのだろうか、泣きつかれたメアリがふと窓の外に目をやると先程より少し明るい事に気がついた。もしや。窓を開けると未だ雲はのこっているものの月が姿を現していた。三日月よりも少し細い月。せっかく月が出たのにヴィオレットに会えないと思うとまたメアリの心は締め付けられ、涙が出そうになった。もしかしたら、と思い立ち窓から離れると先程開けてはならない、と言われたばかりの包みを丁寧に開く。中から出て来た割れた鏡を見るとメアリの心はまたきゅっと痛んだ。包みを開いたまま窓辺に運ぶとそこにそれを置く。鏡の形を整えてお願い、とメアリは心の中で祈った。しばらくは窓の外を眺めていたが、からだがぐったりしていたのでベッドにもぐりこんで耳を澄ました。
体は疲れていたが、頭は後悔でじんじんと痛んで眠れそうに無かった。
しかし、その夜ヴィオレットがあらわれる事は無かった。

日が登るころになって、ようやく眠りに落ちたメアリはいつもよりも大分遅い時間に目覚めた。今日がお休みで良かったと思いながら重い体を起こす。窓際の割れた鏡を見て溜め息をつく。ああ、ママに見られる前に包みなおさないと。やはり割れた鏡では意味がないんだと、メアリは鏡を包みながら思った。昨日ベッドの中で来る気配のないヴィオレットを待ちながら今迄ヴィオレットと喋った事を思い出していた。花の絵でひどく喜んでくれた事。ヴィオレットのもっている不思議なものたち。月の結晶、星屑、それに凍りレンズ。アネモネの赤。不思議な月と鏡の話。そうだ曇りの無い鏡に力がある、といっていた。きっと割れた鏡ではその役目を果たせないだろう。そう思うと、またメアリの瞳に涙が滲んだ。
しかし、そこ迄思い出して、メアリははたと気付いた。以前、メアリがこの鏡は魔法の鏡なのと聞いた時、ヴィオレットは違うよと答えた。ということはもしかしたら…。紙包みを袋の中に入れてしまうとメアリは自分の部屋を飛び出す。
(続)-KA-*童話『雪の夜』 好評連載中! 鏡は割れてしまった・・・
メアリはもうヴィオレットに会えないのか!? 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ) 「雪の夜」(Ⅴ) 「雪の夜」(Ⅵ) 「雪の夜」(Ⅶ) 「雪の夜」(Ⅷ) 「雪の夜」(Ⅸ) 「雪の夜」(Ⅹ)
- 2007/01/07(日) 12:48:30|
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