
「明日は、新月だよ。月の光は無い。」
そういわれてメアリは改めて月を見上げた。針のように細く尖った月。明日は月が昇らない。
月がぼやりと滲んだ。
「ああ、メアリ、泣かないで。」
ヴィオレットは急いでポケットを探るとレースに縁取られた白いハンカチを取り出した。メアリはそれを受け取ると顔に押し当て涙を拭いた。
「やっぱり泣かせてしまったなあ、もういっそこのまま消えてしまおうかと思ったんだけどそれはあんまりだと思ってね。花の絵のお礼ももう一度いいたかったしね。」
そうだ、花。メアリは急いで用意しておいたスケッチブックを開いた。大雪の間書いた花の絵がある。渡しておかなくては。
「これ」
それは、黄色い菜の花の絵だった。口を開くと泣き声になってしまうので何の説明もできない。
無言でスケッチブックを切るとくるりと丸めて紐でくくった。最後になるのならもっと書いておけば良かった、と後悔が頭を巡る。もっともっと春の花も夏の花もたくさんあるのに。
「はい、これは菜の花。苦いけれど花が咲く前に食べるとおいしいのよ。黄色くて小さい花がたくさん咲くの。」
筒を渡しながら、ようやく口を開く。最後なら笑わなくてはいけない。ヴィオレットはその筒を受け取って、ありがとう、といった。心の底から、そう言ってくれた様に見えた。
「私こそ、ありがとう。楽しい話たくさんできて本当にうれしかった。」
「本当にうれしかったのは僕のほうさ。君は僕が奇妙な存在であると分かっていて僕と仲良くしてくれた。本当にありがとう。またここで仕事をすることになったら必ず、会いに来るよ。たとえ君が忘れてしまったとしてもね。」
私だって忘れないわ、とメアリが言うとヴィオレットはにっこりしてまた、ありがとう、と言った。
「この鏡、あの鏡の代わりにはならないかもしれないけど、持って行って。」
その為に買ってきたんだから、というメアリに、いいんだ、とヴィオレットは言った。
「その鏡は君が持っていて。それを見てたまに僕を思い出して。僕との記念品として持っていて。」
取引は禁じられているけれど、それは君が買ったものだからね、何か記念の品が残したかったんだ、と微笑んだ。
「僕には花の絵があるからね。今までもらった絵を閉じて本にするよ。そして見たことのない春に思いを馳せるよ。そしてそのたびに君を思い出すんだよ、メアリ。」
その言葉にまた、メアリはなきそうになったけれどもぐっとこらえてハンカチをヴィオレットに返す。よくよく見るとレースは雪の結晶の形をしていた。これもきっと特別な品なのだろう。素敵なものをたくさん見せてもらった。少年は白いハンカチを受け取るとまた、ポケットにしまいこんだ。
「さあ、月もだいぶ傾いたね。メアリ。お別れだ。」
ヴィオレットは白い腕をメアリに差し出した。
「元気でいてね、ヴィオレット。」
小さなメアリの腕と少年の腕が手の先でつながる。やっぱり不思議に暖かかった。
「ヴィオレットは、冬の精なの?それとも雪の精?」
少年は笑って、そんなようなものかな、と返した。
「メアリこそ元気で。」

(続)-KA-
*童話『雪の夜』 好評連載中! 明日は新月。月の魔力は消え失せてしまう。
二人はさよならの挨拶を交わした。いよいよ最終回へ! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ) 「雪の夜」(Ⅴ) 「雪の夜」(Ⅵ) 「雪の夜」(Ⅶ) 「雪の夜」(Ⅷ) 「雪の夜」(Ⅸ) 「雪の夜」(Ⅹ) 「雪の夜」(ⅩⅠ) 「雪の夜」(ⅩⅡ) 「雪の夜」(ⅩⅢ)
- 2007/01/10(水) 00:15:43|
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