FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

洞ノ原炎上(Ⅳ)

 昨夜、「今日、妻木晩田火災の新聞、環境大に郵送しました。遅くなってすみません」というメールを受信した。ここにいう「妻木晩田火災の新聞」とは、3月20~21日に連載された山陰中央新報の記事「信頼回復への道 妻木晩田遺跡竪穴住居火災」(上)(下)のこと。送信者は記事を書いた記者さんである。
 このコラムについては、22日に妻木晩田の火災現場を訪問した際、事務所のスタッフからコピーを頂戴していた。文末にアップした記事がそのコピーで、(上)のほうはファックスからのコピーだから読みにくい。いずれ差し替えたい。
 その(上)では、わたしの名前がさんざん使われている。まぁ、仕方なかろう。このブログでも、わたしは火災の件で、ずいぶん批判的なコメントを繰り返してきた。なぜ批判的なコメントを繰り返すのかというと、1年に2棟もの復元建物を自らの過失で焼失したにも拘わらず、県がこの問題を「不問に付す」ことを危惧しているのと、なにより現場事務所のスタッフがこの火災を深刻にとらえているのかどうか、疑問に思うところがあったからである。いま妻木晩田の整備は、せっぱ詰まった状態まで追い込まれている。これについては、一昨年あたりから、ことあるごとに警鐘を鳴らしてきたつもりだが、事情は一向に改善の方向に向かわない。いまこそがまさに正念場であるにも拘わらず、今年度の基本設計は最悪の結末を迎えた。そういう悪い流れに対して、神仏がペナルティを与えたのではないか、とさえ思われる火災であった。
 今日、この問題について、なぜ再び筆をとることにしたのか、というと、上記コラム記事(下)に気になる内容がたくさん含まれているので、コメントしておくべきと判断したからである。ともかく「燻蒸」に対する理解がなっていない。以下、記事の文面を引用しながら批評する。

> 県教委は当面、燻蒸を中止して確実な防火対策を練る。

 → 燻蒸を中止するのはできるだけ短期間にしていただきたい。妻木晩田の場合、「燻蒸」ではなく、「焚き火」であったことが出火の原因であるのだから、「焚き火」を中止すればよいだけのことではないか。「燻蒸」は湿度の除去以上に、煙による虫類・菌類の駆除に意味があることなので、燻蒸をやめるわけにはいかない。燻蒸を続けることによって、木材のコーティングも進み、湿気に強くなる。

> 対策としては、液体ガラスを家屋内側にある壁や煙出し(越屋根)など、かやの部分
> に吹き付けて、火の粉の付着を防ぐ方法などが考えられるという。

 → 木材や茅の内側に液体ガラスを塗る処理など聞いたことがない。こういう特殊な化学材料を使うと、その瞬間は効果的にみえても、時がたつと塗装部分の劣化や変色が始まることも珍しくない。こういう発想は木材を知らない素人が、その場逃れで考えるものであって、火災の根本に立ち返って反省していない証拠である。全国的にみても、屋内の燻蒸で竪穴住居を焼いた例はないのだから、1メートルの火柱が立ち上がるような「焚き火」をやめて、煙を出して燻す正統的な「燻蒸」に立ち戻れば、火災がおこるはずはないのである。

>透湿性の高い防水ネットを使用して、竪穴住居内の湿度を低くすることも検討課題。
>中止している間の建物内で、湿気が多くどうしても燻蒸が必要なら、臨時的にストーブを使う。

 → 竪穴住居内の湿度が高くなると、カビや菌類が木材の表面で繁殖し、部材の腐朽を招く。繰り返すけれども、室内の湿度の低下、虫類・菌類の駆除を目的としているのだから、燻蒸をやめてはいけない。何度でも言う。室内での「焚き火」がよくないのであって、炭火から煙を出して燻す「燻蒸」は絶対に必要だ。人が住んでいれば、火種を絶やさないから自動的に燻蒸が進んでいるわけで、人が住んでいない空き家での燻蒸はなくてはならないものである。

>火だなは、いろりの上に板を水平にぶら下げて火の粉が上方に飛ぶのを防いだ仕掛
>けでやかんなどをつり下げる自在鉤はその発展形式という。

 → 火だなは魚や稲穂束などをおいて燻蒸するための装置であり、「火の粉」を防ぐ仕掛けではない。むしろ直火に近いだけに、自然発火の危険性がある。防火対策の面では、要注意の部分。縄文時代の住居跡では、火だなに土を塗ってその上にモノをおく例が新潟県でみつかっているし、近世民家でも、竈直上の火だなとなる天井部分に土を被せる例もある(琴浦町河本家住宅など)。いずれも、着火しやすい火棚の防火処理とみなせるだろう。復元住居でも、火だなには部分的にでも土を被せたほうがよいかもしれない。

20070327041644.jpg
↑「信頼回復の道(上)」 ↓「同(下)」 クリックすると画像が大きくなります。
20070327041708.jpg


  1. 2007/03/27(火) 04:14:39|
  2. 史跡|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
<<水上の轍を辿る -越南浮游 part2(Ⅳ) | ホーム | 観光地としての水上集落 -越南浮游 part2(Ⅱ)>>

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2007/04/28(土) 17:42:29 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://asalab.blog11.fc2.com/tb.php/921-8f12c1be

asa

09 | 2019/10 | 11
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search