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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬師堂差し替え材の判定-地域支援(Ⅱ)

屋根裏の相合い傘

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 昨日に続き、某院生とともに笹尾神社薬師堂で支援活動に参加した。薬師堂の茅下ろし作業は1日・2日の両日おこなわれ、佐治町の三つの村が交替々々で作業を分担している。昨日のブログで理解していただけると思うが、佐治町の方々は互いがとても協力的で、今日も朝早くから50名近くの町民が境内に参集しておられた。聞くところ、昨日は60名近くも集まったらしい。つまり、両日で延べ100名以上の町民が修復活動に参加したわけだ。鳥取市文化財課のSさんによると、2日かけて屋根の茅を下ろす予定だったのだが、佐治町の方々の見事なチームワークにより、作業は昨日でほぼ片づいてしまっていた。我々が現場に到着した時にはすでにすべての茅が下ろされ、町のみなさんは小屋裏の掃除をしておられた。なので、午前中はSさんに薬師堂の現状や今後の修復予定を説明していただいた。

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 我々の作業は午後から本格化した。軒まわりや野地板などの現状調査である。薬師堂に棟札は残っておらず、当初の建立年代は不詳であるが、虹梁の絵様をみると、18世紀後期~19世紀初の様式を示している。安政2年(1855年)、薬師堂は他地から笹尾神社の境内に移築された。したがって、少なくとも152年以上前から現位置にあった建物だと言うことはできる。いままでに何度か茅の葺き替えや改修が繰り返されたようだが、雨漏りや虫害により茅負・化粧板・垂木の劣化を何ヶ所か確認できる。地元側としては、今回の修復で軒まわりをほぼ新材に交換したいようだ。一方、市は、指定文化財としてふさわしい修復を進めようとしている。「材料のオーセンティシティー」を尊重し、当初材・中古材をできるだけ残したいのである。そこで、現状を把握するため、午後からはどの部材のどの部位がどのように破損しているかを、西尾工務店の大工さんと一緒に調査した。
 たしかに新材に交換してしまえば、見栄えは良くなるかもしれない。しかし、それをやりすぎると、文化財としての価値を失いかねない。加藤家住宅の修復のときも池田住研の大工さんに「この材は残すのか?交換するのか?」と何度も尋ねられた。その度、返答に窮してしまい毎度教授の判断を仰いだ。完全に破損していたり、継いだことで構造的に非常に弱くなるのであれば交換しても良いと思う。その一方で、大スパンの材の数箇所が部分的に破損していたりしている場合、「材料のオーセンティシティー」を重視すると、ツギハギまみれの材になってしまう。こうなると極端に見栄えが悪くなってしまうのではないかと考えてしまった。今日のこの調査で、改めてオーセンティシティーを考慮して材の差し替えを判断するのは大変難しいことだと身をもって感じた。

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 ところで、午前中の薬師堂の案内では、茅が降ろされてむき出しとなった小屋組の内側に入った。初めて仏堂の小屋組を内側から観察し、茅葺民家との違いを超間近で確認することができた。それにしても小屋裏はおもしろい。古民家もそうだが、小屋裏(屋根裏)は不思議な世界である。加藤家住宅では謎のお札や自在鉤が置いてあった。また、とある地域の民家の屋根裏には、子宝や豊作を願って男性のソレを象徴した彫物が棟木にぶら下がっていたりする(加藤家住宅にはなかったなぁ)。薬師堂の屋根裏では、貫や小屋束など所かまわず「相合い傘」の落描きがしてあった。棟木付近の貫にまで描いてある。お昼の時間に、あるおじいさんが「よく子供のころにこのお堂の屋根裏によじ登ってはみんなで遊んでましたわい」と話してくださった。尋ねると「相合い傘」の思い出もあるとか。それにしてもたくさん描いてあった。傘の下の名前を見ていくと中には同じ名前で別の相手の名前があったり、片方の名前が二重線で消されているものあったり…いやぁ、薬師堂の屋根裏は男女関係の歴史を知る資料の宝庫ですね。(Mr.エアポート)

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↑中央の横向きの矢印がウワサの傘 これは相手の名前がないけど…躊躇したのかなぁ



みつけ、みわけて

 薬師堂の茅おろしは、昨日中に終わっていたためか、今日のボランティア活動は境内全域に広がり、清掃活動で賑わっていた。そこへ現われた私たちには「茅おろしと清掃支援」の代わりに、「古材の状態チェック」が用意されていたのであった。それは化粧垂木、裏甲、化粧板、茅負などの部材の風蝕、劣化や破損の状況を確認し、どういった修復が必要とされるのかを調べることだった。今回は大工さんの意見を聴きながら作業を進めていくとのことで、午前中は鳥取市文化財課のSさんに修理の状況を説明していただき、チェックする部分の下見をした。その後、小屋組の見学に費やして、ここで3本の小屋束に茅葺き替えたことを記した墨書きも見つけた。こうなると、確認されていない棟札を見つけることに意欲的になるが、探せども小屋組では見つけられない。そこで薬師堂内陣と佛壇まわりにまで範囲を広げてみたならば、祈祷札を打ちつけた小壁の裏側に移築時の棟札があった。その棟札には安政2年10月8日と記されているのを確認した。
 こうして棟札をみつけて喜んでいたうちに、主催者側はボランティア活動の終わりを告げて町民の方々は解散となった。一方、私たちは昼食をとり、Sさんと午後の作業について打ち合わせをおこなった。ここでA)健全、B)部分的で修復を要する、C)半分以上の修復を要する、D)その他とで部材の保存状況をランク分けすることを決め、Sさんが化粧垂木、Mr.エアポートが裏甲、茅負、私が化粧板を担当することにした。   作業手順は、各担当の部材状態をランク付けしていき、ランク付けを終えた人から順に大工さんを交えてその判定を確認していった。そのため、私はすべてのチェックした部材まで詳しく把握していない。そこで、おおまかに全体的な状態を説明していくと次のような具合であった。軒先(ハナ)の部分は湿気や雨水の浸透しやすい場所であるために腐朽が顕著にみられた。そのため裏甲、茅負、(軒先部分の)化粧板は、差し替えを必要とするだろうとの意見がでてきた。化粧垂木については、先端に風蝕がみられ、なかには折れていたものもあった。そこで、なるだけ継手を用いて対応していこうとのことなどの意見が交わされていた。
今回の作業に係わらせていただいたなかで、多くの町民の方々が集われ、活動される姿を拝見すると、薬師堂は町民のみんなさんに愛されている建物だと思えてきた。今後も、この町のシンボルとして保存されていくためにも、今回の支援作業がお役にたてたならば、私にとっても幸せなことだと感じた。(某院生)
  1. 2007/06/03(日) 21:49:21|
  2. 地域支援|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1
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コメント

2日間、ありがとうございました

 貴重な研究室の戦力を2日間も割いていただきありがとうございました。また、実際に作業にあたっていただいた皆さん、大変ありがとうございました。なんとかこの成果を生かしていきたいと思います。
  1. 2007/06/04(月) 01:27:36 |
  2. URL |
  3. 文化財課S #-
  4. [ 編集]

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